阪神甲子園球場は日本の先人の偉大さを示した遺産である!!

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今年も夏の甲子園(第101回全国高校野球選手権大会)が終わりました。初優勝を勝ち取った大阪府の履正社高校の野球部のみなさんおめでとうございます!!そして、感動と興奮をあたえてくださり、ありがとうございます!!!

さて、高校野球の全国大会とはいえ、なぜ国内最大の収容人数(4万7千人超え)を誇る大舞台である「阪神甲子園球場」で行われているのでしょうか?

この謎を調べると、現代の年配者には既に存在しない日本の先人たち(明治・大正生まれ)が日本の未来を担う若者父への投資を惜しまなかった姿勢を感じることができます。

この記事では、「阪神甲子園球場」の建設の経緯と当時(大正時代)の大人たちの偉大さについての紹介します。

阪神甲子園球場は高校野球(当時は中学野球)のために建設された

多くの日本人は、阪神甲子園球場は阪神タイガースの本拠地であるため、プロ野球のために建設された施設であると勘違いしています。

阪神甲子園球場は1964年の名称変更前は「甲子園球場」であったことからも分かるように、甲子園(全国高等学校野球選手権大会)のために建設された球場です。
(当時の全国高等学校野球選手権大会は全国中等学校優勝野球大会という名称であった。)

また、阪神甲子園球場の使用はプロ野球より甲子園(全国高等学校野球選手権大会および選抜高等学校野球大会)方が優先されることからも、阪神甲子園球場は甲子園のための球場であることが分かる。

阪神甲子園球場が建設される前、全国中等学校優勝野球大会は、豊中球場(甲子園発祥の地)や鳴尾球場で開催されていた。しかし、この大会の人気が高まるにつれて、これらの球場の収容人数では収まりきらなくなり、観客がグラウンドになだれ込み試合がTッy段するという事態が発生しました。

この事態を重く考えた大会の主催者である大阪朝日新聞と鳴尾球場の所有者である阪神電鉄がより多くの観客を収容できる全国中等学校優勝野球大会のために建設された球場が、のちの「阪神甲子園球場」である。

高校生のために日本最大の球場を作った先人たち

経験

大阪朝日新聞と阪神電鉄は、高校野球のために新球場を建設したことだけでもとても驚きに値するが、阪神甲子園球場は2019年現在でも国内最大の収容人数を誇る球場であることがさらに驚かされます。

大阪朝日新聞と阪神電鉄は、たかが高校生には数万にも入れば十分な球場を作ればいいと考えずに、莫大なお金を使って、日本一の球場を建設しました。つまり、大阪朝日新聞と阪神電鉄は若者(子供)に最高の球場を用意(投資)したことになります。

若者のスポーツ大会のために約5万を収容できる球場を用意しようと発想し、実際に建設してしまった国は日本以外にはありません。ゆえに、「阪神甲子園球場」は過去の日本が世界一、若者に対して投資を惜しまなかった素晴らしい国であったことを示しています。

若者に対して投資を惜しまなかった日本だったからこそ、昔は世界をリードする先進国として成長を遂げることができたのです。

日本一の「球場」で日本一の「チーム」になりたい高校球児

「日本一の球場」で試合ができるチャンスをもらった高校球児たちは、「日本一の球場」で試合をして「日本一のチーム」になりたいと、一生懸命に血がにじむ練習をします。この努力が高校生たちを成長させ、優秀な人材となり、日本を背負う人材へと変貌させます。

また、その努力の成果をぶつけ合う甲子園大会は、多くの観客に感動と興奮を与えます。この感動と興奮が、日本の元気となり、多くの人のやる気や挑戦心を引き立てることができ、日本の力を高めることができます。

つまり、子供たちへの投資はいづれ国の力となり、国を発展させることができます。ゆえに、子供たちへの投資は必要不可欠であり当たり前であることを、阪神甲子園球場を建設した先人たちは教えてくれています。

まとめ

今回は、阪神甲子園球場を題材に私たちの先人たちが、将来国を背負う若者に期待して投資を行ってきたのかを紹介しました。現代の日本には、高校生に日本一の施設を提供できる人はいるのでしょうか?おそらくいないと思います。

現代の日本人にも、「甲子園球場の建設の経緯」を通して先人の偉大さを知り、自分のことだけでなく将来国を背負う若者たちに投資するという考えを身につけて欲しいと思います。

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