【大阪・拳銃強奪事件】客観的に物事を考えてから批判しよう

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前回の日曜日(2019年6月16日)は大阪で警察が刃物で刺され、拳銃が強奪された事件がありました。

容疑者は逮捕されましたが、容疑者の父が謝罪したことにより賛否両論が飛び交っています。

その中には、感情的な意見が多々見受けられたので、客観性の重要性を考えていきたいと思います。

大阪で発生した拳銃強奪事件の概要

2019年6月16日(日)、大阪府吹田市で警察官が包丁で刺され、重体を負いかつ拳銃を強奪された事件が発生しました。

大阪・拳銃強奪事件で東京在住の33歳男を逮捕 拳銃も所持
隣接する箕面市内で午前6時過ぎに強盗殺人未遂容疑で逮捕された。

容疑者の男(33歳)は翌日の2019年6月17日(月)に強盗殺人未遂容疑で逮捕されましたが、容疑者の父が息子・事件についてのコメントを発表したことに対して、様々な批判がされています。

 

成人が起こした事件に親がコメントは必要か?

今回の事件はあくまで33歳の成人男性が引き起こした事件です。

その事件に対して親が謝罪コメントを発表する必要はあるのでしょうか?

 

私は必要ないと思います。

成人するというのは「自由」を手に入れる代わりに、自ら行ったことに「責任」をとるということだからです。

さらに、今回は親と子は同居しておらず、事件を起こすことを察せという方が無理であると考えるからです。

親の謝罪コメントに対する批判

親の謝罪コメントに対する批判は様々ですが、客観性を欠いたコメントがたくさん見受けられました。

例えば

「重役になるために、息子の教育は疎かにしていたのだろう」

「息子の教育もできないのに、重役なんておかしいだろう」

とかです。

私はこういうコメントに入っている「重役」とか「会社名」がとても気になります。

会社名とか役職がこの事件とそれに対する謝罪コメントに何の関係があるのでしょうか?

私の頭では理解することができません。

批判に客観性があれば、関係ない情報で意見は変わらない

成人男性の引き起こした事件に親の謝罪コメントは必要ないと述べましたが、コメントが必要だと仮定しましょう。

その理由として、「息子が引き起こした事件は親の教育不足」ということにしましょう。

(何度も言いますが、私はそう思っていません。)

 

この理由で関係あるのはあくまで、容疑者の息子とその親である血縁関係だけであり、その2人が何をしているのかは関係ありません。

それでは、今回の2人の社会的地位を変化させたいと思います。

父親は「中小企業の平社員」、息子は「上級公務員職(キャリア)」だと仮定します。

この場合、「息子が引き起こした事件は親の教育不足」というコメントの割合は今回の場合と一緒でしょうか?

おそらく違いますね!このような場合のコメントとしては

「親が一生懸命頑張って、キャリアになるまで育て上げたのに…もったいない」

「親不孝」

という、意見が増えます。(今までの事件もそうでしたね。)

 

これはとても不思議ですね。

「親」と「子」という血縁関係で、「子」が引き起こした事件は「親」にも責任があるというロジックが、血縁関係とは関係ない役職などの「社会的地位」により全く反対の意見が飛び出し、否定されます。

 

このようなことが起きるのは、批判するときに嫉妬や妬み、同情などの感情を基に行っているのが原因だと考えられます。

人間において感情というものは重要かもしれませんが、理論的に物事を考える際には一番やっかいなものになります。

感情が少しでも入れば、ロジックは破綻してしまいます。

ロジックを立てる際は感情を捨て、物事を客観的に見る必要があります。

まとめ

今回は大阪・拳銃強奪事件の謝罪コメントからロジックを立てるときに重要なことを学んだ気がしたので記事にしました。

謝罪コメントを発表した父は十分に「責任」を果たしていると、私は考えています。

この事件がきっかけで、仕事に影響が出ないことを祈っております。

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