けやき坂46から日向坂46への改名が発表されたのは、2019年2月11日です。
発表の舞台はSHOWROOMの配信でした。単独シングルデビューなど、うれしい発表が次々と続いた最後に、グループ名が「日向坂46」へ変わることがサプライズで明かされました。
当時の私は風邪をこじらせ、布団の中で安静にしていました。安静と言いつつ、実際にはネットを見続けていたのですが、その日に偶然ではなくリアルタイムで改名発表を見られたことは、今でもよく覚えています。
この記事では、けやき坂46から日向坂46への改名までの流れと、発表を見たファンとして感じたことを振り返ります。
日向坂46への改名が発表されたのは2019年2月11日
2019年2月11日、けやき坂46はSHOWROOMで「ひらがなからのおしらせ」を配信しました。
配信で発表された主な内容は、次のとおりです。
- 単独シングルデビュー
- デビューシングルのタイアップ
- デビューカウントダウンライブの開催
- 単独オフィシャルサイトの開設
- デビューカウントダウンライブの先行予約開始
どれも、けやき坂46を応援していたファンにとっては大きなニュースでした。
しかし、その日の発表には、さらに大きなサプライズが残されていました。
けやき坂46から、日向坂46への改名です。
単独シングルデビューだけでも十分にうれしい発表だったのに、最後にグループ名まで変わりました。私にとっては、単なる名称変更ではなく、ひとつのグループとして新しく出発する宣言のように感じられました。
改名前のけやき坂46は説明しづらい立場だった
けやき坂46は「ひらがなけやき」と呼ばれ、欅坂46とは別に活動していました。
ただし、当時を知らない人へ両グループの関係を説明するのは簡単ではありません。
漢字で書く「欅坂46」と、ひらがなで書く「けやき坂46」。名前を聞いただけでは、同じグループの選抜とアンダーなのか、姉妹グループなのか、まったく別のグループなのか分かりにくかったと思います。
実際には独自の楽曲、ライブ、番組、舞台などで活動を広げていました。それでも、名前が似ているため、外から見れば欅坂46の下部グループのように受け取られることもあったはずです。
私が改名をうれしいと感じた一番の理由は、日向坂46という名前によって「別のグループです」と説明しやすくなったことでした。
もちろん、けやき坂46という名前を否定したいわけではありません。その名前で積み上げてきた時間があったからこそ、日向坂46としての出発に重みがあったのだと思います。
改名発表を布団の中から見ていた私の記憶
改名発表の前日には、「ひらがな推し」でキン肉マンを扱った企画が放送されていました。
私はメンバーより少し年上ですが、キン肉マンの知識はほとんどありません。それでも、アイドル番組でここまで思い切った企画をするのかと驚きました。
「ずいぶん変わったアイドルグループだな」と思った翌日、そのグループが日向坂46へ改名すると発表されたわけです。
私は風邪をこじらせて布団に入っていました。体調はよくありませんでしたが、スマートフォンを置いて本当に寝るほど素直でもなく、SNSや配信を見続けていました。
そのため、発表の瞬間もリアルタイムで見ることができました。
歴史的な場面を見たという格好よい記憶より、「風邪で寝込みながらネットを見ていたら、とんでもない発表が来た」という記憶の方が正直なところです。
ただ、きれいに整っていない記憶だからこそ、今でもあの日の空気を思い出せるのかもしれません。
改名発表で特に印象に残ったのはメンバーの反応
日向坂46への改名が発表された瞬間、メンバーは立ち上がって喜んでいました。
なかでも、私の記憶に強く残っているのが齊藤京子さんです。
喜び方がとても大きく、少し驚くほどでした。しかし、それだけ改名を待っていたのだろうと感じました。
けやき坂46として活動を続けながらも、自分たちは何者なのかを外へ説明しにくい時間があったはずです。日向坂46という新しい名前をもらったことで、ようやく自分たちの坂を登れる。少なくとも、当時の私にはそのように見えました。
喜びだけではなかったからこそ、改名には重みがあった
当時の私は、改名発表を見て「メンバー全員が待ち望んでいた」と単純に受け取っていました。
しかし、今になって公式ブログなどを振り返ると、気持ちはそれほど単純ではなかったことが分かります。
新しい名前へのうれしさがある一方で、けやき坂46という大切な名前を手放す寂しさもあった。改名を前向きに受け止めながらも、それまでの歴史がなくなるわけではありません。
改名は、過去を捨ててゼロからやり直すことではなく、けやき坂46で積み上げたものを持ったまま、新しい名前で前へ進むことだったのだと思います。
この捉え方は、ブログを書き直す今の自分にも少し重なります。昔の記事に未熟な表現があっても、全部をなかったことにする必要はありません。間違っていた部分を直し、残したい記憶は残して、もう一度前へ進めばよいと思っています。
柿崎芽実さんの表情を今振り返って思うこと
改名発表の映像で、当時の私が気になったのが柿崎芽実さんの表情でした。
周りのメンバーと一緒に立ち上がっていましたが、私には喜びだけではない複雑な表情にも見えました。
その後、柿崎芽実さんが卒業を発表した際、私は改名発表時の表情と結び付け、「本当は改名を望んでいなかったのではないか」と考えてしまいました。
しかし、今なら、表情だけを根拠に本人の気持ちや卒業理由を決め付けるべきではなかったと思います。
人の表情には、うれしさ、寂しさ、驚き、戸惑いなど、いくつもの感情が同時に表れます。ファンに見えるのは、その瞬間の一部分だけです。
当時の自分がそう感じたことまで消す必要はありません。ただし、それを事実のように書かず、「私はそう見えた」と分けて残すことが大切だと考えています。
柿崎芽実さんの卒業については、当時の驚きと、今だから考え直したことを別の記事で整理しています。
柿崎芽実さんの日向坂46卒業を今振り返る|もっと見たかった宮田愛萌さんとのぶりっこ対決

改名後の2019年は日向坂46が独立したグループになった一年
日向坂46へ改名した後、2019年の活動は大きく広がりました。
- デビューシングル「キュン」を発売
- 「ドレミソラシド」を発売
- 「こんなに好きになっちゃっていいの?」を発売
- Yahoo!検索大賞2019のアイドル部門を受賞
- 日本レコード大賞の優秀作品賞に選出
- NHK紅白歌合戦に初出場
改名だけで人気が生まれたわけではありません。けやき坂46として続けてきたライブ、番組、舞台、楽曲があり、その積み重ねに新しい名前と単独デビューが重なった結果だと思います。
当時の私は、日向坂46の活躍を見ること自体が楽しい一年だったと書きました。その気持ちは、今読み返しても変わりません。
日向坂46への改名は、過去を捨てることではなかった
けやき坂46から日向坂46への改名が発表されたのは、2019年2月11日です。
検索で日付だけを知りたい人にとっては、それが答えです。
しかし、ファンとして振り返ると、改名の意味は日付だけでは説明できません。
説明しづらい立場のなかで活動を続け、けやき坂46という名前に愛着を持ちながら、それでも新しい名前で前へ進んだ。その両方があったからこそ、日向坂46の始まりには重みがあったのだと思います。
うれしかったことも、寂しかったことも、当時の自分が勘違いしていたことも含めて残す。それが、今の私なりの振り返り方です。
昔の記事だからと捨てるのではなく、今の自分の言葉で書き直す。失敗しても、表現が未熟でも、後からやり直すことはできます。
日向坂46への改名を振り返りながら、そんなことも考えました。



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