2019年6月21日、日向坂46の一期生だった柿崎芽実さんの卒業が発表されました。
当時の私が最初に感じたのは、「日向坂46で初めての卒業者が出るのか」という衝撃でした。
しかも、日向坂46としてデビューした直後です。これからグループが大きくなっていく時期だと思っていたので、正直なところ、「なぜ今なのか」という戸惑いもありました。
柿崎芽実さんは私の一番の推しではありませんでした。それでも、けやき坂46時代から見てきたメンバーであり、日向坂46には欠かせない存在だと思っていました。
特に好きだったのが、宮田愛萌さんとのぶりっこ対決です。
この記事では、卒業発表と活動終了までの経緯を確認しながら、当時は短い言葉でしか書けなかった私の驚きと、卒業から時間がたった今も残っている本音を振り返ります。
柿崎芽実さんは2019年に日向坂46を卒業した
日向坂46公式サイトでは、2019年6月21日、柿崎芽実さんがデビューシングル「キュン」の活動をもってグループを卒業すると発表されました。
その後、2019年8月11日の個別握手会をもって、日向坂46としての活動を終了しています。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2019年6月21日 | 日向坂46からの卒業を発表 |
| 2019年8月11日 | 日向坂46としての活動を終了 |
日向坂46としてデビューしたばかりの時期だったため、私は卒業という言葉をすぐには受け止められませんでした。
いつか卒業する日が来ることは分かっていても、「今ではない」と勝手に思っていたのだと思います。
日向坂46初の卒業という事実が重かった
柿崎芽実さんの卒業は、日向坂46にとって初めてのメンバー卒業でした。
卒業の発表を見たとき、私は単に一人のメンバーがいなくなる以上の重さを感じていました。
日向坂46は始まったばかりでした。これからメンバー全員で進んでいくものだと、どこかで思い込んでいたのだと思います。
だからこそ、最初に出てきた感情は寂しさよりも驚きでした。
「日向坂46でも卒業という現実が始まるのか」
今振り返ると、グループが続いていく以上、卒業は避けられません。しかし、最初の一人を送り出す経験には、その後の卒業とは少し違う衝撃がありました。
その後の日向坂46でも卒業は続いています。山口陽世さんの卒業を知ったときに感じたことは、「日向坂46・山口陽世さん卒業へ|卒業理由や今後と、もっと見たかった本音」にまとめました。

推しでなくても、日向坂46に欠かせない存在だった
柿崎芽実さんは、私にとって一番の推しだったわけではありません。
それでも、けやき坂46時代から見てきたメンバーとして思い入れがありました。
推しではないから、卒業してもそれほど影響がない。そんな単純な話ではありませんでした。
グループを見ていると、推し以外のメンバーにも「この人がいるから、この空気が生まれる」と感じることがあります。
柿崎芽実さんは、私にとってまさにそういう存在でした。
日向坂46には、卒業発表だけでは伝わらないメンバーそれぞれの魅力があります。少年っぽさと後輩思いのギャップを感じた「日向坂46・山口陽世さんの魅力|後輩思いなのに少年っぽいところが好き」も、同じファン目線で書いています。

宮田愛萌さんとのぶりっこ対決をもっと見たかった
柿崎芽実さんを思い出すとき、私の中で特に印象に残っているのが、宮田愛萌さんとのぶりっこ対決です。
二人とも中途半端に恥ずかしがるのではなく、しっかり振り切って演じていました。
しかも、一方がぶりっこを見せれば、もう一方も負けまいと張り合う。その関係性が見ものでした。
単にかわいいだけではありません。
「そこまでやるのか」と思うほど本気でぶりっこを演じるから、対決として面白かったのです。
二人の個性がぶつかっているのに、嫌な競い合いには見えませんでした。むしろ、お互いがいるからそれぞれの魅力が強く見えていたように感じます。
だから私は、もっと二人のぶりっこ対決を見たかったです。
そして、日向坂46として活躍する柿崎芽実さんの姿も、もっと見ていたかったです。
卒業発表時に説明された理由
卒業発表時、柿崎芽実さんは4月頃から心と身体のバランスがうまく取れず、仕事を休むことが増えていたと説明しています。
休んでいる間に将来や進路を考え、自分の人生を考えたうえで卒業を選んだことも伝えられました。
当時の私は、卒業発表そのものへの驚きが大きく、背景まで落ち着いて考えられていなかったと思います。
しかし今なら、17歳という年齢で、自分の心身や将来について考えなければならなかったことの重さを、当時よりは想像できます。
ファンが「もっと見たい」と思うことと、本人が自分の人生を優先することは、比べて決めるものではありません。
ストーカー被害が伝えられたことへのやるせなさ
卒業セレモニーについての報道では、柿崎芽実さんがストーカー被害による恐怖心や、握手会への参加が難しくなったことを語ったと伝えられています。
私はこのことを知り、卒業への寂しさとは別のやるせなさを感じました。
もし一部の人の行動が影響したのなら、本人の未来だけでなく、他のファンがこれから見られたかもしれない時間まで失われたことになります。
本人が悪いわけではないのに、本人が活動を諦めなければならない形になったのだとしたら、悔しいです。
ただし、私は卒業の理由を面白半分に詮索したいわけではありません。
公式発表で説明された心身の状態や進路の話と、卒業セレモニーについて報じられたストーカー被害の話を分けて受け止める必要があります。
本人が公表していない現在の生活まで追いかけたり、復帰の可能性を勝手に語ったりすることも避けるべきだと思います。
好きだからこそ、ファンは距離を守らなければならない
アイドルを応援していると、テレビや配信、握手会などを通して、本人を身近に感じることがあります。
しかし、身近に感じることと、実際に私生活へ近づいてよいことは別です。
応援しているからといって、本人の生活へ入り込む権利が生まれるわけではありません。
好きだから会いたい。もっと知りたい。近くで応援したい。
そう思う気持ち自体を否定するつもりはありません。しかし、相手が不安や恐怖を感じるところまで近づけば、それはもう応援ではないと思います。
ファンとアイドルの間には、越えてはいけない距離があります。
その距離を守ることは、冷たく離れることではありません。
本人が安心して活動し、自分の人生を選べる状態を守ることも、応援の一部だと思います。
もっと見たかった。でも本人の選択は尊重したい
私は今でも、柿崎芽実さんと宮田愛萌さんのぶりっこ対決をもっと見たかったと思っています。
日向坂46として、さらに活躍する姿も見たかったです。
これは卒業から時間がたっても変わりません。
一方で、ファンが見たいという気持ちだけで、本人に活動を続けてほしいと押しつけることもできません。
「もっと見たかった」という未練と、「本人の安全や人生を優先してほしい」という気持ちは両立します。
当時の記事で、私は「柿崎芽実さんが選ばれた道なので、おひさまとしては応援することしかできない」と書きました。
今も、その結論は変わりません。
ただ、今ならもう一つ付け加えたいです。
応援する側は、好きという気持ちを理由に距離を越えないこと。そして、本人が選んだ道を無理に追いかけないこと。
もっと見たかったという寂しさは残ります。それでも、柿崎芽実さんが残してくれた楽しい場面を大切にしながら、本人が選んだ人生を尊重したいと思います。



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