10年越しで納沙布岬へ。釧路・根室を巡った2泊3日の道東鉄道旅

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羽田第2ターミナルの検査前ラウンジは、ありえないほど人が多く感じました。外のロビーよりは落ち着ける。それでも、前日まで花咲線と納沙布岬にいた私には、人の密度が高すぎました。

まだセントレアへ帰る飛行機にも乗っていないのに、私はもう北海道へ戻りたいと思っていました。

今回の2泊3日の道東旅行は、約10年前に行けなかった納沙布岬へ到着するためだけの旅ではありませんでした。花咲線から見た色づき始めた森林、太平洋、根室と釧路に続く普通の暮らし、ホテルで日本酒を飲んだ夜、誰もいない温泉、朝酒の余韻で歩いた釧路の街。帰路を含めたすべてが、今回の旅だったと思います。

車を使わず、釧路を拠点に根室と納沙布岬を巡ることはできました。ただし、観光地を大量に回りたい人より、長い鉄道移動や車窓を自分のペースで楽しみたい人に向く旅です。私自身、花咲線を単なる移動手段としてではなく、旅行の中心として楽しめました。

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約10年前に行けなかった納沙布岬を、SFC修行で思い出した

学生時代の9月、私は車で北海道を回ろうとしていました。お金がなかったため車中泊をしましたが、北海道の寒さを甘く見ていて、知床では凍えるような思いをしました。

さらに台風が近づき、予定していたルートを短縮しました。釧路、帯広、納沙布岬には行けませんでした。順番の記憶は曖昧ですが、当時の旅で納沙布岬を諦めたことは、自分の中に宿題として残りました。

ただし、納沙布岬は10年間ずっと追い続けた夢ではありません。普段は忘れていた、昔の旅行で行けなかった場所です。その宿題を思い出したきっかけが、SFC修行の行き先を考えたことでした。

SFC修行がなければ、今回も行かなかった可能性があります。その意味では、修行を考えたことにも意味はありました。ただ、約10年前の旅を同じ方法で再現したかったわけではありません。今の私は、飛行機で現地へ入り、鉄道へ乗り、最後にまた飛行機で帰る旅が好きです。

昔の自分と同じ方法へ戻るのではなく、現在の自分に合う方法で、昔の自分が置いていった宿題を拾いに行きました。

1日目:想像より都会だった釧路で、地元スーパーの寿司を食べた

1日目はセントレアから釧路へ移動しました。正確な便名と時刻は、航空券や予約記録を確認してから追記します。

釧路へ到着したときの第一印象は、想像していたより都会だということでした。道東の街なので、もっと小さく、人の少ない場所を想像していたのかもしれません。実際には駅周辺に建物が集まり、ホテルや店もありました。

夕食は地元のスーパーで買いました。観光客向けの高級な海鮮料理ではありませんが、寿司がおいしかったことを覚えています。旅先で地元の人が利用するスーパーへ入り、その土地の日常に近い食事を選ぶのも、私には楽しい時間でした。

一方、ホテルへの到着が遅くなり、ラウンジの利用時間には間に合いませんでした。少し残念でしたが、翌日は花咲線で根室へ向かい、そのまま納沙布岬まで行く予定です。初日に無理をせず、翌日のために休むことを優先しました。

2日目:花咲線は移動時間そのものが旅だった

2日目は釧路駅から花咲線に乗り、根室へ向かいました。目的地は根室と納沙布岬でしたが、列車へ乗ってからは、花咲線の車窓そのものが旅の主役になりました。

釧路の住宅街を抜けると、数駅で家がほとんど見えなくなりました。道路はあっても、走っている車は少ない。森林と原野が続き、街と自然の切り替わりが本州より急に感じられました。

特に印象へ残ったのが、色づき始めた森林です。完全な紅葉ではありません。緑の中に黄色や赤が少し混ざり、夏が終わり始めていました。暑いのは嫌なのに、夏が終わると思うと少し寂しい。そんな自分の感覚と、車窓の季節が合っていました。

右側の車窓には太平洋が見え、海辺には釣り人がいました。釣り人が時間を忘れて海を眺めているように見え、私も列車の中から景色を眺めながら、日常から離れていました。

姉別、別当賀、厚岸、昆布盛など、駅名を見ることも小さな楽しみでした。廃駅跡や、以前はもっと広かったことが分かる線路跡も目に入りました。ただ目的地へ運ばれるだけなら、ここまで周囲を見なかったと思います。

途中から団体客が乗り、車内の空気が変わりました。降りた後には肩の力が抜けました。私は、人が少ない場所なら何でも好きなのではなく、自分のペースを守れる状態が好きなのだと思います。

北海道の鉄道へ乗ったことで、以前は遅いと思っていた飯田線の見え方まで変わりました。ローカル線を本数や速さだけで判断しなくなった経緯は、別の記事で整理しています。

北海道へ行ったら飯田線が都会に見えた|ローカル線の基準が変わった
北海道で立派な駅舎と長い列車待ちを体験した後、遅いローカル線だと思っていた飯田線が都会に見えました。2025年5月の全線乗車と北海道鉄道旅から、秘境路線と生活路線が両立する飯田線の姿を本音で振り返ります。

根室は、日本の果てにある普通の生活都市だった

根室が近づくと、しっかりとした住宅街が現れました。学校があり、スーパーやコンビニ、ガソリンスタンドがあり、子どもたちが暮らしていました。

私は根室に対して、日本の果てにある小さな街という印象を持っていたのだと思います。しかし実際には、最東端という特別な言葉とは関係なく、日々の暮らしが続いていました。

根室駅は、想像していたより小さく感じました。その一方で、駅へ着く直前まで見えていた住宅街は立派でした。駅の大きさだけで街全体を判断することはできません。

日本の果てにも、学校があり、子どもがいて、普通の暮らしが続いていました。私が見たかったのは、最東端の碑だけではなく、そこへ向かう途中にある暮らしだったのかもしれません。

最東端の碑を見て、ようやく「本当に来た」と思った

根室からは、観光バスで納沙布岬へ向かいました。途中で風蓮湖周辺やネイチャーセンター、明治公園などへ立ち寄りましたが、施設の正式名称と順番は公開前に確認します。

最東端の碑が見えたとき、私はようやく「本当に来た」と感じました。派手な達成感というより、やっと着いたという感覚でした。

納沙布岬から見た国後島は、想像していたより近く感じました。そして、約10年前に訪れた知床方面も見えました。

そのとき意識したのは、地図上の距離よりも約10年という時間でした。学生だった自分が知床から先へ進めなかった旅を、社会人になった自分が別の方法で拾い直している。不思議でしたが、10年間ずっと目指していた夢を達成した、というきれいな話ではありません。

普段は忘れていた宿題を思い出し、実際に来てみた。そのくらいの温度感が、私には正直です。

なお、最東端の碑付近では犬のフンを踏みました。国後島と知床を見た記憶に、最東端で靴底まで汚した記憶も加わりました。感動だけできれいに終わらないところまで、私の旅行らしかったと思います。

釧路へ戻り、日本酒と誰もいない温泉で一日を終えた

帰りの花咲線でも太平洋をもう一度見たかったのですが、記憶では17時20分頃には外が暗くなっていました。秋から冬に花咲線へ乗るなら、列車時刻だけでなく日没時刻も確認した方がよいと思います。

外が見えなくなってからは、スマートフォンを見たり、少し眠ったりして過ごしました。往路とは違い、釧路へ戻った後の晩餐を楽しみにする時間になりました。

釧路へ戻ると、地元スーパーの惣菜はほとんど売り切れていました。地方旅行では閉店時間だけでなく、商品がなくなる時間も考えた方がよさそうです。最後はセイコーマートを利用しました。

ホテルでは、日本酒、白ワイン、ウーロンハイを楽しみました。なかでも日本酒を飲んだとき、ようやく「納沙布岬まで本当に行ってきた」と実感しました。

最東端の碑を見た瞬間だけでなく、ホテルへ戻り、一日を終える酒を飲んだところで感情が追いついたのだと思います。

その後、誰もいない天然温泉へ入りました。誰かに合わせる必要も、次の場所へ急ぐ必要もありません。

「今日はもう誰にも気を遣わなくていい」と思えた時間まで含めて、ホテルへお金をかけた価値がありました。

3日目:朝酒の余韻で、釧路の街をゆっくり眺めた

最終日の朝食では、パンではなく白飯と味噌汁を選びました。北海道へ来ているのに、愛知の赤味噌が少し恋しくなりました。旅先の味を楽しみながら、普段の味も恋しくなる。どちらも本音です。

朝食後は、日本酒と赤ワインを飲みました。白ワインがあれば白を選んでいたと思いますが、この朝は日本酒の方がおいしく感じました。

朝酒がおいしかった理由は、特別な酒だったからではありません。仕事がない。運転もしない。時間を気にしなくてよい。その解放感がおいしかったのだと思います。

窓の外は絶景ではなく、普通のビルでした。それでも、自宅ではない場所で、仕事や家事を連想させる物から離れて飲む朝の日本酒は、普段の休日とは違いました。

チェックアウト後は、先に空港連絡バスのチケットを購入しました。帰りの交通手段を確保してから、安心して釧路の街を歩きました。

丘へ登り、誰もいない場所から釧路市街を眺めました。丘と川の正式名称は、写真や地図で確認してから追記します。高い場所から見ると、建物は想像以上の密度で集まっていました。初日に感じた「思ったより都会」という印象は変わりませんでした。

一方、市街地の先にはすぐ自然が広がっていました。釧路の街は、広い自然の中に浮かんでいるように見えました。

釧路駅へ戻ると、花咲線のフリーきっぷの案内を再び見つけました。「よく見ておけば約2,000円浮いたのに」という悔しさが再燃しました。さらに、釧網線のトロッコ列車が翌週に運行を終えると現地で知り、なくなる前に乗りたかったと思いました。

今回は納沙布岬を優先した判断に納得しています。ただし、正しい選択をしたからといって、選ばなかった旅への惜しさが消えるわけではありません。

釧路空港から羽田へ。旅の最後に過去の自分を思い出した

釧路空港はかなりコンパクトに感じました。搭乗まで時間がありましたが、セントレアと比べると時間を潰す選択肢が少なく感じました。

空港ではラーメンを食べるつもりでした。ただ、お腹が空いておらず、約1,500円を払ってまで食べる気にはなれませんでした。「せっかく北海道だから」という理由だけで食べる必要はないと思い、見送りました。

旅行では、ご当地グルメを食べることが義務のようになることがあります。しかし、食欲がないなら食べない。少なくとも私は、そのとき本当に食べたいかを優先したいです。

悪天候だったため、釧路から羽田までの機窓は楽しめませんでした。羽田到着後は、スポット前で少し待機しました。私は旅行メモを書いていたため、待ち時間はそれほど長く感じませんでした。

羽田では、丸亀製麺で昼兼夕食を食べました。そこで、初めて海外へ行く前にも丸亀製麺を利用したことを思い出しました。旅先では、景色や食事が、不意に過去の記憶を連れてくることがあります。

その後に入ったラウンジは、人が非常に多く感じました。前日まで花咲線、根室、納沙布岬にいた自分には、その人の密度がこたえました。セントレアのラウンジの方が、自分のペースで過ごしやすいとも感じました。

そして、まだ旅が完全に終わっていない羽田の時点で、私はもう北海道へ戻りたいと思っていました。

10万円強をかけてよかったことと、約2,000円の後悔

今回の旅行には、航空券、宿泊費、鉄道、バス、食事などを合わせて10万円強を使いました。正確な総額は、明細と予約記録を確認してから追記します。

一人で納沙布岬へ行くために10万円強を使うことは、人によっては高すぎると感じると思います。私も安いとは思いません。

それでも、2泊にしたことと、ホテルへお金をかけたことには満足しています。花咲線と納沙布岬へ一日を使い、夜は日本酒と温泉を楽しみ、最終日は朝酒と釧路散歩までできました。日程を詰め込みすぎなかったからこそ、目的地以外の時間も記憶に残りました。

一方で、花咲線のフリーきっぷを知らず、普通の往復乗車券を購入したことは今でも悔しいです。花咲線へお金を払ったことが不満なのではありません。普通運賃しかなかったとしても、私は乗ってよかったと思います。

悔しいのは、同じ体験を約2,000円安く得られた可能性があったのに、事前確認で避けられる差額を見落としたことです。

旅行全体へ10万円強を使う価値があったことと、約2,000円の損を悔しがることは、私の中では矛盾しません。自分の時間や自由、ホテルで過ごす余裕にはお金を使いたい。一方、体験が何も変わらない差額は避けたい。その違いです。

ただし、切符の正式名称、発売条件、価格、利用期間は変更される可能性があります。個別記事では、公開前に公式情報を確認したうえで整理します。

納沙布岬の宿題を終えたら、新しい鉄道の宿題が増えた

約10年前に行けなかった納沙布岬へ、ようやく着くことができました。ただし、10年間追い続けた夢をかなえたというより、全然違う自分になってから、昔の自分が置いていった宿題を拾った感覚に近いです。

宿題を一つ回収すれば、北海道で行きたい場所が一つ減ると思っていたのかもしれません。しかし実際には、釧網線、根室本線、新千歳から釧路へ向かう長距離特急が気になっています。

次は窓側の席で車窓を眺め、駅弁と北海道の日本酒を楽しみながら釧路へ向かってみたいです。雪に覆われた森林と原野を見るため、冬の花咲線にも乗ってみたいと思っています。

北海道で長時間の鉄道移動そのものを楽しんだ旅として、札幌から稚内まで宗谷本線に乗った旅行記も残しています。花咲線とは景色も列車も違いますが、目的地へ急ぐより車窓を眺める時間を大切にした点は共通しています。

本当の最果ては宗谷岬ではなく宗谷本線だった|札幌から稚内へ、仕事を忘れて車窓を眺めた旅
札幌から稚内まで宗谷本線に乗車した体験記です。レンタカーではなく鉄道を選んだ理由、北海道らしい平野と田園の車窓、電波が弱く位置情報ゲームを諦めた体験、長時間乗車を苦行ではなく旅の目的として楽しめた理由を本音で振り返ります。

今回の旅行で訪れた納沙布岬、花咲線、切符の失敗については、それぞれ個別記事で詳しく整理します。同じ旅を考えている方は、公開後に気になる記事から確認してもらえればと思います。

昔行けなかった場所があるなら、昔と同じ自分、同じ方法で再挑戦する必要はありません。現在の自分に合う旅の形で、残した宿題を拾いに行ってもよいと思います。

納沙布岬へ行くために北海道へ来ました。羽田まで戻ってきたときには、もう次に北海道へ行く理由を探していました。

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