花咲線で釧路から根室へ向かっている途中、「釧路に何しに来るの?」という趣旨の言葉が聞こえてきました。
正直に言えば、少し腹が立ちました。
こちらは安くないお金と限られた休日を使って、わざわざ道東まで来ています。花咲線に乗り、約10年前に行けなかった納沙布岬へ行くためです。
心の中では、「あなたには分からない価値を分けてもらいに来た」と思いました。
ただ、根室の町を歩き、花咲線で地域の日常を眺めているうちに、その言葉は自分自身にも返ってきました。
地元の人には旅行者が感じる価値が分からないかもしれません。
一方で、数日しか滞在しない旅行者にも、その地域で暮らす大変さや不便さ、地元へ抱く複雑な気持ちは分かりません。
結局、どちらか一方が正しいわけではないのだと思います。
誰かにとっての普通の日常が、別の誰かにとっては、お金と時間を使ってでも触れたい旅になる。
今回の道東旅行では、そんな当たり前のことをあらためて考えました。
「釧路に何しに来るの?」と聞こえて、正直少し腹が立った
花咲線の車内で、「釧路に何しに来るの?」という趣旨の言葉が聞こえてきました。
誰に向けた言葉だったのか、詳しい前後関係までは分かりません。
私に直接言われたわけでもありません。
それでも、その言葉は妙に引っかかりました。
こちらは釧路や根室へ来るために、航空券やホテル、鉄道、食事などを含めて、旅行全体で10万円強を使っていたと思います。
金額を自慢したいわけではありません。
ただ、自分なりにお金と時間を使い、考えて計画し、わざわざ道東まで来ていました。
そのため、「何しに来るの?」という言葉を聞いた瞬間、旅そのものを否定されたような気がしました。
少し乱暴に言えば、
「あなたには何でもない場所かもしれないけれど、こちらにとっては、わざわざ来るだけの価値がある」
と思ったのです。
この言葉を聞いたのは、釧路を拠点に花咲線で根室へ向かい、約10年前に行けなかった納沙布岬を訪れた2泊3日の道東旅行でした。旅程全体やホテル、帰路まで含めた記録は、道東旅行の総集編にまとめています。
10年越しで納沙布岬へ。釧路・根室を巡った2泊3日の道東鉄道旅
ただ、今になって考えると、私が勝手に腹を立てただけでもあります。
発言した人にとって、釧路は観光地ではなく、普段の生活圏だったのかもしれません。
毎日見ている場所へ、なぜお金と時間を使って来るのか。
純粋に、その感覚が分からなかっただけかもしれません。
「あなたには分からない価値を分けてもらいに来た」と思った
言葉を聞いた瞬間、心の中で浮かんだのは、
「あなたには分からない価値を分けてもらいに来た」
という答えでした。
もちろん、実際に口へ出したわけではありません。
今振り返れば、少し強すぎる言い方だったとも思います。
それでも、その瞬間の本音として残っています。
私が道東へ来た理由は、有名な観光地を効率よく回るためだけではありませんでした。
花咲線へ乗ること。
車窓から色づき始めた森林を見ること。
太平洋を眺めること。
根室の町を歩くこと。
約10年前に行けなかった納沙布岬へ行くこと。
その土地で普通に過ぎていく時間へ、旅行者として短い間だけ触れること。
そうしたものを含めて、自分にとっては旅でした。
今回、道東へ来た大きな目的は、学生時代の北海道旅行で台風のため行けなかった納沙布岬を訪れることでした。
約10年間、毎日のように納沙布岬を追い続けていたわけではありません。
むしろ、北海道旅行からしばらくたち、自分の旅行方法も考え方も変わってから、昔の宿題を拾いに行った感覚に近いです。
台風で諦めた納沙布岬へ。全然違う自分が約10年前の宿題を拾った
ただし、「価値を分けてもらう」という言葉には注意も必要です。
数日間滞在しただけで、釧路や根室を理解したとは思っていません。
現地の暮らしを自分のものにしたわけでもありません。
旅行者として車窓を眺め、列車に乗り、町を歩かせてもらっただけです。
だからこそ、「価値を見つけた」というより、「少し分けてもらった」という表現の方が、今の自分には近く感じます。
花咲線では、旅行と日常が同じ車内にあった
私にとって、花咲線へ乗ること自体が旅の目的でした。
数時間に1本しかない普通列車へ乗り、釧路から根室まで移動する。
効率だけを考えれば、決して便利な路線ではありません。
車内はロングシートでした。
時間帯によっては混雑していました。
日が暮れてからは、楽しみにしていた車窓もほとんど見えませんでした。
それでも、実際に乗ってみると、移動時間そのものが旅になりました。
色づき始めた森林。
太平洋。
印象に残る駅名。
廃駅になった場所の跡。
列車が停車するたびに、少しずつ乗り降りする地元の人たち。
観光列車ではない普通列車だからこそ、その地域の日常が見えた気がします。
ただし、旅行者の私が見ているものと、地元の人が見ているものは同じではありません。
私には、車窓へ流れる森林や海が新鮮に見えました。
しかし、地元の人にとっては、毎日の通学や移動で見る景色かもしれません。
私は列車に乗ること自体を楽しめます。
一方で、地元の人にとっては、次の列車まで長く待たなければならない不便な交通手段かもしれません。
同じ列車の中に、旅行と日常が同時に存在していました。
花咲線では、地域の暮らしだけでなく、色づき始めた森林、太平洋、印象的な駅名、廃駅跡なども見ました。ロングシート、混雑、トイレ、日没後に車窓を見られなかった後悔を含む乗車体験は、花咲線の乗車記で詳しく整理しています。
花咲線は移動時間そのものが旅だった|釧路から根室へ乗って感じた魅力と注意点
観光列車ではないから見えたもの
花咲線で印象に残ったのは、特別な観光演出ではありませんでした。
地域の人が、普通に列車を利用していたことです。
私は「花咲線へ乗りに来た人」でした。
しかし、多くの乗客にとっては、目的地へ移動するための普通列車です。
旅行者の目には特別な路線でも、地元では毎日の生活を支える交通手段です。
その当たり前の違いが面白いと感じました。
一方で、地域の日常を見たからといって、地域の生活を理解できたとは思いません。
私は列車へ乗る日を選べます。
天気が悪ければ、別の旅行先を選ぶこともできます。
列車が不便でも、旅行が終われば自宅へ帰れます。
しかし、地元で暮らす人は、その交通事情を含めて生活しています。
私が旅情として楽しんだものが、地元の人にとっては不便さかもしれません。
そこは混同しない方がよいと思いました。
自分には旅、地元の人には生活の列車
ローカル線が旅行者には特別でも、沿線で暮らす人には生活の列車であることは、以前に全線乗車した飯田線でも感じました。
飯田線では秘境駅や新緑の車窓に魅力を感じました。
一方で、天竜峡周辺では子連れの家族が列車を利用し、高校生も乗っていました。
旅行者の私は「秘境路線」として見ていましたが、地元の人にとっては生活路線でもありました。
花咲線でも同じです。
自分には特別な鉄道旅でも、地元の人には普段の移動です。
どちらかが間違っているのではありません。
同じ列車へ乗っていても、見えているものが違うだけです。
根室は秘境ではなく、生活が続く町だった
根室には、「最東端」や「最果て」という印象を持っていました。
旅行者として見れば、その言葉には特別感があります。
日本の東の端まで来た。
遠い場所へ来た。
そう思えること自体が、旅の満足感になります。
しかし、実際に根室の町へ入ると、当然ながら、そこには普通の生活がありました。
住宅街がありました。
スーパーやコンビニがありました。
人が暮らし、買い物をし、移動する町でした。
私は納沙布岬へ行く旅行者ですが、根室で暮らす人にとって、根室は「最果ての観光地」ではありません。
毎日を過ごす町です。
旅行者は「遠くまで来た」と喜べます。
地元の人は、その遠さや交通の不便さを日常として受け入れなければならないのかもしれません。
私は数日後には帰れます。
地元の人は、その土地で生活を続けます。
その違いを考えると、旅行者が簡単に地域の価値を語り切ることもできないと思いました。
旅行で見えたものは本物です。
ただし、それが地域のすべてではありません。
自分も高校生の頃は、地元の価値を知らなかった
「釧路に何しに来るの?」という趣旨の言葉へ少し腹を立てましたが、よく考えると、自分も高校生の頃は似たような感覚を持っていたのかもしれません。
自分が暮らしている地域は、特別な場所には見えません。
毎日通る道。
毎日利用する駅。
いつでも行ける場所。
そこに、わざわざ遠くから人が来る理由は分かりにくいものです。
旅行者は、その土地にないものではなく、その土地に普通にあるものへ魅力を感じることがあります。
しかし、地元で暮らしていると、その「普通」に価値を感じにくくなります。
私も、地元を離れたり、旅行へ出たりすることで、初めて比較対象を持てた部分があります。
だからといって、地元を離れれば必ず地元が好きになるとは思いません。
戻りたいと思えない人もいると思います。
地元へ嫌な記憶がある人もいます。
「外へ出れば故郷の良さが分かる」と、きれいにまとめるつもりもありません。
ただ、自分にとって何でもない場所に、別の人が何かを感じる可能性はあります。
その価値が自分に見えないことと、その場所に価値がないことは、同じではありません。
アメリカへ行って、日本の日常の価値に気づいた
自分の場合、外へ出たことで価値の見え方が変わった大きな経験は、アメリカで生活したことでした。
アメリカへ行く前は、自由の国で周りを気にせず生活できると思っていました。
帰国する頃には英語が流暢になり、もっと海外へ行きたくなるとも思っていました。
実際は、想像とかなり違いました。
毎日のスモールトークが面倒に感じることもありました。
一人で過ごす時間をつくる難しさも感じました。
英語力も、期待したほど伸びませんでした。
一方で、道が広く運転しやすいことや、日本よりも運転中の譲り合いを感じることなど、よかった部分もありました。
アメリカ生活を単純に失敗だったとも、成功だったとも言い切れません。
ただ、日本へ戻ってから、それまで当たり前だったものを以前より意識するようになりました。
鉄道で各地へ行けること。
季節の食材で四季を感じられること。
一人でいても必要以上に話しかけられないこと。
無駄に干渉されず、自分のペースで過ごせること。
日本食を日常的に食べられること。
海外生活を経験したからこそ、以前は価値として認識していなかった日本の日常が見えるようになりました。
もちろん、これは私の場合です。
海外へ行けば必ず日本を好きになるわけではありません。
むしろ、日本へ戻りたくないと感じる人もいると思います。
ただ、比較する場所ができたことで、自分に合う暮らし方が少し分かりました。
釧路や根室の価値についても、似た部分があるのかもしれません。
地元の人には、見慣れすぎて価値として認識しにくい。
旅行者には、日常では見られない景色として魅力的に見える。
同じ場所でも、立っている位置が変われば、価値の見え方も変わります。
「あなたには分からない」は、旅行者の自分にも返ってきた
花咲線で言葉を聞いたとき、私は心の中で、
「あなたには分からない価値を分けてもらいに来た」
と思いました。
しかし、旅を終えて考えると、「あなたには分からない」という言葉は、旅行者の自分にも返ってきます。
私には、花咲線が毎日の移動手段である不便さは分かりません。
冬の厳しさも、実際に暮らしていないため分かりません。
地域の人が、釧路や根室へどのような気持ちを持っているのかも分かりません。
誇りを持っている人もいれば、早く外へ出たい人もいると思います。
地元が好きな人もいれば、あまり好きではない人もいるはずです。
それを、数日間訪れただけの旅行者が「素晴らしい場所です」とまとめるのも違う気がします。
旅行者の自分に見えたのは、あくまで旅行者としての価値です。
色づき始めた森林がきれいでした。
花咲線へ乗る時間が楽しかったです。
根室の町を歩き、遠くまで来た感覚を味わいました。
納沙布岬へ約10年越しに行けたこともうれしかったです。
それらは間違いなく、自分が現地で感じたことです。
しかし、それだけで地域の暮らしを理解したことにはなりません。
地元の人には、旅行者の価値が見えないことがあります。
旅行者には、生活者の現実が見えないことがあります。
お互いに見えていないものがある。
そのことを忘れなければ、どちらかの感じ方を否定せずに済むのかもしれません。
誰かの日常は、別の誰かにとって旅になる
誰かにとっての普通の日常は、別の誰かにとって、お金と時間を使ってでも触れたい旅になります。
花咲線は、地元の人にとって生活の列車です。
私にとっては、移動時間そのものを楽しむ旅でした。
根室は、地元の人にとって毎日を過ごす町です。
私にとっては、約10年前に残した宿題を拾うために訪れた場所でした。
釧路も、そこで暮らす人にとっては特別ではないのかもしれません。
それでも私には、わざわざ来るだけの理由がありました。
旅行者だから見える価値があります。
地元で暮らしているからこそ分かる現実もあります。
どちらか一方だけが、その場所の正しい見方ではありません。
今回の旅行で、自分が釧路や根室の価値をすべて理解したとは思っていません。
地域の生活を知ったつもりにもなれません。
私はただ、花咲線へ乗り、車窓を眺め、根室の町を歩き、納沙布岬へ行きました。
そして、自分には見えていなかった価値を、旅行者として少しだけ分けてもらって帰りました。
それで十分だったと思います。
もし自分の地元に何もないと感じているなら、無理に好きになる必要はありません。
外から来た人が、どこに価値を感じるのかを想像してみるだけでもよいと思います。
自分には見えない価値もあるかもしれない。
一方で、外から来た人には分からない生活の現実もある。
私は今後も、どちらかを正解にするのではなく、その両方を考えながら旅をしたいです。
まとめ
花咲線で聞いた「釧路に何しに来るの?」という趣旨の言葉に、私は少し腹が立ちました。
心の中では、「あなたには分からない価値を分けてもらいに来た」と思いました。
ただ、旅行を続けるうちに、その言葉は自分にも返ってきました。
地元の人には、旅行者が感じる価値が分からないかもしれません。
旅行者にも、地域で暮らす人の不便さや複雑な気持ちは分かりません。
同じ場所でも、旅行者と生活者では見えるものが違います。
だからこそ、どちらか一方の感じ方を正解にしなくてもよいのだと思います。
誰かの日常は、別の誰かにとって旅になります。
私は今回、道東の価値を理解したのではありません。
旅行者として、その一部を少し分けてもらっただけです。
その距離感を忘れずに、これからも自分のペースで旅を続けたいと思います。



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