日向坂46の山口陽世さんが、17thシングル『Kind of love』の活動をもって卒業しました。
卒業理由について本人は、ずっと日向坂46にいたい気持ちもある一方で、「日向坂46ではない自分」がこれからどう生きていくのか知りたくなったと語っています。
正直、めちゃくちゃ寂しいです。
これは本音です。
でも、寂しいより先に言いたいことがあります。
山口陽世さん、卒業おめでとうございます。
そして、日向坂46として活動してくれて、本当にありがとうございました。
この記事では、公式発表と本人の言葉を整理したうえで、私が山口陽世さんのどこに惹かれていたのかを振り返ります。
山口陽世さんの卒業理由と卒業時期
まず、公式に発表されている情報を整理します。
| 項目 | 発表内容 |
|---|---|
| 卒業発表 | 2026年4月10日(本人公式ブログ「日向坂46愛してる!」) |
| 卒業シングル | 17thシングル『Kind of love』(2026年5月20日発売) |
| 卒業理由 | 「日向坂46ではない自分が、これからどう生きていくのか知りたくなった」 |
| 卒業セレモニー | 2026年8月23日、Zepp Hanedaで実施 |
| 三期生での位置づけ | 三期生初の卒業 |
本人のブログを読む限り、日向坂46やメンバーへの気持ちが薄れたわけではありません。
むしろ、グループやメンバーが大好きだからこそ、離れる決断には怖さもあったのだと思います。
「ずっとここに居たいと思う気持ちもあります。たくさん考えました。日向坂46ではない自分。少し怖い気持ちもあるけど、そんな自分がどう生きていくのかどうしても知りたくなりました」
これは、安心できる場所に残ることも、一つの選択だと分かったうえで、それでも外に出ることを選んだ言葉だと受け取りました。
怖さも迷いも残ったまま、それでも進むことが卒業なのかもしれません。
ここから先は、公式に書かれている卒業理由ではなく、ファンである私が本人の言葉を読んで感じたことです。
山口陽世さんは2004年2月23日生まれ、鳥取県出身。愛称は「ぱる」。2018年の坂道合同オーディションに合格し、坂道研修生として活動した後、2020年2月に日向坂46三期生として正式配属されました。
7thシングル「僕なんか」収録楽曲「ゴーフルと君」で初センターを担当し、2023年には舞台「幕が上がる」で初主演。2024年には平尾帆夏さんとともに鳥取県の「とっとりふるさと大使」に就任するなど、グループ内外で存在感を発揮してきました。
安心できる場所に残ることも、一つの選択だと思います。それでも、今までとは違う自分を知るために環境を変える。私はその決断を、簡単に「前向きで素晴らしい」とだけまとめたくありません。怖さも迷いも残ったまま、それでも進むことが卒業なのかもしれません。
山口陽世さんの野球少女・勝負師・照れ屋という別の魅力については、以前の記事で詳しく振り返っています。

私が一番好きなのは、後輩から好かれているところ
山口陽世さんの魅力は、もちろん一つではありません。
野球経験者としての運動能力、ゲームで見せる勝負師気質、強そうに見えて照れてしまうところ。
その中でも、私が一番好きなのは、
後輩から好かれているところ
です。
しかも、ただ遠くから尊敬される先輩ではありません。
後輩から遠慮なくいじられて、それでも関係が温かく見える先輩なのが最高なんですよね。
先輩が強く構えすぎると、後輩は距離を取ります。逆に、優しくしようと意識しすぎても、後輩に気を使わせてしまうことがあります。山口陽世さんには、相手が無理をせず近づける空気があったように感じます。
加入当初は末っ子キャラで、メンバーから赤ちゃん扱いされることが多かったそうです。特に一期生・佐々木美玲さんが山口さんを可愛がっており、「みーぱんファミリー」というユニットを結成していたことも知られています。
「とくに美玲さんは、地方から上京してきたばかりの私を気遣って声をかけてくれて、メイク用品をいただいたこともありました。美玲さんの存在が支えになっていたんです」と語っていた山口さん。
先輩から受け取った愛を、後輩や同期、さらには先輩にも自分なりの形で返していた。そういう人だったのだと思います。
もともと「すごい人見知り」と語っていた山口さんが、気づけばグループ全体に愛情の輪を広げていた。それは意識して作った関係ではなく、自然に育まれたものだったのでしょう。
「加入していろんな自分が見えたような気がします。対抗心も意外とあったり、熱い部分もあります。感情も豊かです。人が好きです。何よりも日向坂46がメンバーが好きです。好きのためなら頑張れる人です」
本人がブログに残したこの言葉を読むと、山口陽世さんがどれだけ日向坂46を愛していたかが伝わってきます。そして、その愛があったからこそ、卒業という決断がどれほど重かったかも。
同じ日向坂46三期生の森本茉莉さんについても、別の記事で書いています。

“連れ込み体質”は、私にとって優しさの証拠だった
ここでいう「連れ込み体質」は、私が山口陽世さんの魅力を表すために使っている言葉です。
山口陽世さんは、先輩や後輩を家へ招くエピソードが多く、自然と人が集まる存在として語られてきました。
「山口家連れ込み隊」という軍団が誕生するほど、山口さんが自宅へ招いたメンバーは数知れず。後輩や同期、さらには先輩にまで誘いの手が伸び、同期でも困難だという二期生・小坂菜緒さんの牙城も崩してみせたというエピソードもあります。
その小坂さんからは普段のコミュニケーションから「私のことをナメてきます!」と言われていたとか。イチゴミルク味のタピオカドリンクを飲んでいた小坂さんに「え?イチゴミルクですか〜(笑)」とイジっていたというエピソードからは、「人見知り」と語る山口さんが先輩へ心を開いていたことが窺えます。
これが、計算して距離を縮めているようには見えないんですよね。「人が好き」「一緒にいるのが自然」という温度が、そのまま行動に出ているように感じます。
私の中では、単に距離が近いのではなく、相手が安心できる距離まで自然に近づける人です。
だから後輩から好かれ、後輩も遠慮しすぎずにいじれる。誰かを家に呼ぶという行動そのものより、周囲の人がそこに集まりたくなる関係を作れることがすごいのだと思います。
日向坂46の歴史を振り返るなら、改名発表の記事もあわせてどうぞ。

後輩にいじられる先輩は、一つの才能だと思う
後輩にいじられると聞くと、軽く見られているように感じる人もいるかもしれません。
でも私は、むしろ逆だと思っています。
信頼されていなければ、安心していじることはできません。
山口陽世さんは、いじられたときに無理に取り繕いません。照れたり、笑ったり、少し悔しがったりする。その反応が素直だから、場の空気も温かくなる。
強気な勝負師なのに照れ屋。先輩なのに後輩からいじられる。私は、その完璧ではないギャップが好きでした。
後輩の平岡海月さんと山下葉留花さんからは、二人きりの時にベタベタに甘えてきたことを暴露され、大慌てで口を塞ぎにいく一幕もあったそうです。不器用だけど深いメンバー愛を持っていた人だと思います。
また、二期生・丹生明里さんのセンター曲『One choice』のポジションを引き継いだエピソードも印象的です。2024年12月の東京ドーム公演にて、既に卒業していた丹生さんがサプライズ登場し、曲中に入れ替わる形で『One choice』のセンターが山口さんに渡りました。
オリジナルセンターの面影は簡単には消えない。そのプレッシャーと向き合い、ひたむきに笑顔で踊り続けた山口さんの姿に、先輩への愛が溢れていたと感じます。
「私たちは必要とされてないんじゃないか」と自問したこともあったという山口さんが、日向坂46になくてはならない存在となっていった。その過程が、後輩との関係にも表れていたのかもしれません。
ファンとして、私が山口陽世さんに感じていた魅力は、完璧ではないところでした。強気なのに照れ屋。先輩なのに後輩にいじられる。人見知りなのに自然と人が集まる。そのギャップが、見ていて飽きない理由だったのだと思います。
日向坂46初の卒業となった柿崎芽実さんについても、当時の気持ちを振り返った記事があります。

坂道合同オーディション世代の卒業が寂しい
山口陽世さんは、坂道合同オーディション、坂道研修生を経て、日向坂46の三期生として加入しました。
そのため今回の卒業には、一人のメンバーが卒業する以上に、時代が進んでいるような寂しさがあります。三期生初の卒業という事実も、その寂しさを大きくしています。
山口さんと同じ三期生は、髙橋未来虹さん、森本茉莉さん、上村ひなのさんの4人。1stシングル『キュン』から4thシングル『ソンナコトナイヨ』まで、上村さんの名前はあっても、残る3人の名前はなかった。既にグループとして完成されつつある状況に飛び込むことの難しさを、山口さんは「必要とされてないんじゃないか」という言葉で表現していました。
そんな日々を経て、日向坂46になくてはならない存在となった彼女に、二期生・松田好花さんも「陽世は(日向坂46に)必要だよ」と声をかけていたといいます。
坂道合同オーディションのメンバーが、それぞれのグループで活動し、少しずつ卒業していく。頭では、いつまでも同じメンバーで活動できるわけではないと分かっています。それでも、気持ちは簡単に追いつきません。
2026年8月23日、Zepp Hanedaで行われた卒業セレモニーをもって、山口陽世さんは正式に日向坂46を卒業しました。
同じ坂道研修生という流れでは、乃木坂46・佐藤璃果さんの卒業についても、寂しさと感謝が混ざる気持ちを書きました。

卒業は、さよならではなく更新ボタンだと思いたい
卒業すれば、環境も人間関係も変わります。
今までグループ名と一緒に呼ばれてきた自分から離れて、新しい生き方を探すことになります。本人が怖さを感じているように、見送る側にも寂しさがあります。
だから私は、卒業をきれいな話だけで終わらせようとは思いません。
寂しいものは寂しい。
それでも、本人が選んだ次の道を応援したいです。
私の価値観では、卒業は「さよなら」というより、人生の更新ボタンに近いのだと思います。今までの自分を否定して消すのではなく、そこで得たものを持ったまま、次の自分を探しに行く。もし新しい道で迷ったとしても、また考え直せばいい。失敗したら、そこからやり直してもいい。
「いつか三期生4人だけのライブもやりたいんです」と語っていた山口さんは、2026年4月の「7回目のひな誕祭」で三期生ライブの開催が発表されたばかりのタイミングで卒業を発表しました。目標と夢を叶えて、大好きな日向坂46を旅立つ。その選択を、私はただ応援したいと思います。
「好きがずっと繋がっている期間だったなぁって感じています。好きってすごいよね」
本人がブログに残したこの言葉が、山口陽世さんの6年間を一番よく表しているように感じます。
山口陽世さんは野球経験者として知られており、日向坂46で度々話題に挙がる野球ネタを通じて存在感を放っていました。ライブ中のバッティング演出や始球式への登板、横浜DeNAベイスターズのファンイベントへのゲスト出演など、アイドルファンのみならず野球好きからも注目を集める存在でした。そんな山口さんが、日向坂46を卒業して次の道へ進む。その決断を、私はただ応援したいと思います。
山口陽世さん、卒業おめでとうございます。
そして、日向坂46でいてくれて、本当にありがとうございました。
残りの時間も、最後まで山口陽世さんらしく笑って過ごしてほしいです。
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