小学生の夏休み宿題で本当に役に立つもの3選|あさがお観察・読書感想文・自由研究を大人目線で振り返る

スポンサーリンク

小学生の夏休みの宿題は、当時の私にとってかなり面倒なものでした。

特に、あさがお観察や一行日記、読書感想文、自由研究のような宿題は、受験科目に直結するわけでもなく、「とりあえず終わらせればいい」と思っていました。

実際、私は夏休みの宿題を計画的に進めるタイプではありませんでした。あさがお観察も一行日記も、最終日にまとめて想像で書いた記憶があります。読書感想文も、本をしっかり読まずにあらすじだけ見て書いたことがあります。自由研究も、何をやったのか思い出せないくらい適当に済ませていました。

今振り返ると、かなりもったいないことをしていたと思います。

結論から言うと、小学生の夏休みの宿題の中には、大人になってから本当に役に立つ課題があります。

特に大事だったと思うのは、次の3つです。

  • あさがお観察・一行日記
  • 読書感想文
  • 自由研究

この記事では、社会人になった今だからこそ感じる「小学生の夏休み宿題の価値」を、失敗談込みで本音で書いていきます。

スポンサーリンク

第3位:あさがお観察と一行日記は、変化を残す練習だった

第3位は、あさがお観察と一行日記です。

小学生のころの私は、この宿題をかなり軽く見ていました。

正直に言うと、あさがお観察は毎日観察して書くものなのに、私は夏休みの最後にまとめて書いていました。葉っぱの数や花の様子も、かなり想像で埋めていたと思います。一行日記も同じです。毎日の天気も含めて、かなり適当に書いていました。

これは完全に悪い例です。

当時は「あさがおの観察なんて、何の役に立つのか」と思っていました。でも今考えると、あさがお観察や一行日記は、単なる作業ではありませんでした。

あれは、毎日の変化や気づきを残す練習だったのだと思います。

私は最初、あさがお観察で身につけるべきだったのは「毎日少しずつ続ける習慣」だと思っていました。もちろん、それも大事です。

ただ、今の自分の感覚に近いのは、むしろ「自分の変化や気づきを観察する習慣」です。

変化や気づきは、メモしないと忘れます。しかも、その忘れてしまうような小さな気づきこそ、後から見ると自分の個性やブログネタになります。

今、私は自分ログのような形で、日々の考えや体験を残そうとしています。でも、毎日続けるのは簡単ではありません。小学生のころに、あさがお観察や一行日記にもっと真面目に向き合っていたら、今の毎日のログももう少し自然に続いていたかもしれません。

当時の自分に言うなら、「うまく書かなくていいから、自分が見たことを残しておけ」と言いたいです。

きれいな文章にする必要はありません。立派な観察を書く必要もありません。

昨日より葉っぱが大きくなった。今日は水をやり忘れそうになった。花が咲いて少しうれしかった。昨日とあまり変わらなくてつまらなかった。

そういう小さな記録でよかったのだと思います。

夏休みは、学校の時間割から少し離れて、自分で時間の使い方を考える期間です。この感覚は高校生になってからも変わりません。高校生向けの夏休み計画については、高校生の夏休みは勉強だけでいい?夏期講習だけで満足して後悔した私の計画論でも詳しく書いています。

高校生の夏休みは勉強だけでいい?夏期講習だけで満足して後悔した私の計画論
高校生の夏休みは勉強だけで終わらせる必要はありません。夏期講習を受けて満足していた筆者の失敗談をもとに、演習・遊び・休み・体験を入れた後悔しにくい夏休み計画を解説します。

今ならAIを観察記録や一行日記の質問相手にしたい

今の時代なら、あさがお観察や一行日記にAIを使うのもありだと思います。

ただし、AIに日記を書かせるのは違います。

AIは答えを丸投げする相手ではなく、自分では気づけないことに気づかせてくれる相手として使うのがいいと思います。

たとえば、あさがお観察なら、AIにこんな質問をしてもらう使い方です。

  • 昨日と比べて何が変わった?
  • 今日見て、少し気になったところはある?
  • 水をあげたとき、土の様子はどうだった?
  • 花が咲いたとき、どう感じた?
  • 明日は何を見てみたい?

一行日記でも同じです。

「今日は何をした?」だけだと、だいたい「ゲームした」「テレビを見た」「宿題した」で終わります。

でも、「今日ちょっと嫌だったことは?」「昨日と違ったことは?」「明日もやりたいことは?」と聞かれると、自分でも気づいていなかったことが出てくるかもしれません。

私の本音を言うと、小学生のころの自分には「とりあえずやっておけ!!」と言いたいです。

その場では意味が分からなくても、記録する習慣は後から効いてきます。

受験勉強でも、苦手分野やつまずきを記録しておくことは大切です。

第2位は、読書感想文です。

私は読書感想文も苦手でした。

時間がなかったので、本をしっかり読まずに、あらすじだけ読んで、本の内容を想像して書いたこともあります。

これも、かなり悪い例です。

ただ、大人になってから考えると、読書感想文はかなり重要な宿題だったと思います。

理由は2つあります。

  • 本を読む習慣がつく
  • 読んだ内容を自分の言葉で表現する練習になる

読書感想文という名前なので、「感想を書けばいい」と思いがちです。

でも本当は、ただ「面白かったです」「悲しかったです」と書くだけでは足りません。

本を読んで、自分は何を考えたのか。自分の経験とどうつながったのか。登場人物の行動を見て、自分ならどうするのか。

そういうことを、自分の言葉で書く練習だったのだと思います。

読書感想文は、きれいな文章を書く宿題ではなく、自分の意見を作る練習です。

これは大学のレポートにもつながります。

大学に入ると、ただ教科書の内容を写すだけでは通用しません。何を読んで、何を考えたのかを、自分の言葉で書く必要があります。

私は大学のレポートで、何を書けばいいか分からず、文字数を埋めるしかなかった経験があります。今思うと、読書感想文の段階で「自分の考えを書く」練習をもっとしておけばよかったのかもしれません。

第1位は、自由研究です。

私は自由研究もかなり適当にやっていました。

たしか、光の分光や野菜の栽培のようなことをやった気がします。でも、6年間で何をやったのか、ほとんど覚えていません。

それくらい、当時の私は自由研究に本気で向き合っていませんでした。

自由研究の難しさは、名前の通り「自由」なところです。

テーマを自分で決める。調べ方を考える。観察や実験をする。結果をまとめる。人に伝わるように発表する。

これを小学生がやるのは、かなり難しいです。

でも、大人になってから考えると、自由研究はかなり社会に近い宿題だったと思います。

社会に出ると、最初から問題がきれいに与えられることばかりではありません。

何が問題なのか。何を調べるべきなのか。どうまとめれば相手に伝わるのか。

このあたりを自分で考える必要があります。

自由研究は、指示された答えを出す宿題ではなく、自分で問いを立てる練習だったのだと思います。

私は指示待ちになりがちなところがあり、自由研究のような課題はあまり好きではありませんでした。

でも、今振り返ると、だからこそやっておくべきだったのだと思います。

何を調べるか決める。うまくいかなかったら修正する。分からなければ調べ方を変える。最後に相手に伝える。

この流れは、研究報告にも、仕事の報告にも、ブログ記事を書くことにもつながります。

高校生や受験生になってからも、「自分で考えて動く」力は重要です。

ここで、私の失敗談をもとに、おすすめしない向き合い方も書いておきます。

最終日にまとめて想像で書く

これは、あさがお観察や一行日記で私がやっていたことです。

最終日にまとめて書くと、宿題は終わるかもしれませんが、気づきは残りません。

毎日の変化を見ていないので、結局、適当に埋めるだけになります。

あらすじだけで読書感想文を書く

これも私の失敗です。

あらすじだけでも、それっぽい文章は書けるかもしれません。

でも、自分が何を感じたのか、自分の経験とどうつながったのかは出てきません。

読書感想文で大事なのは、うまい文章ではなく、自分の言葉です。

自由研究を「提出物」としてだけ終わらせる

自由研究は、提出することだけを目的にすると一気につまらなくなります。

もちろん、小学生に完璧な研究を求める必要はありません。

ただ、「なぜそうなるのか」「どうして気になるのか」を少しでも考えるだけで、自由研究の意味は変わります。

夏休みの宿題に限らず、提出物を終わらせることだけが目的になると、本当の力はつきにくいです。提出物をやった感で終わらせてしまった反省については、親や大人ができるサポート

小学生の夏休み宿題は、子どもだけで完璧に進めるのは難しいと思います。

特に自由研究や読書感想文は、テーマ選びやまとめ方で止まりやすいです。

ただし、大人が全部やってしまうのは違います。

大人がやるべきなのは、答えを代わりに作ることではなく、子どもが気づけるように質問することだと思います。

たとえば、こんな声かけです。

  • 昨日と比べて何が変わった?
  • どこが一番気になった?
  • その本を読んで、自分ならどうすると思った?
  • 自由研究で一番不思議だったところはどこ?
  • うまくいかなかったところも書いてみたら?

宿題をきれいに完成させることだけが目的ではありません。

失敗しても、観察が雑でも、途中で計画が崩れてもいいです。

そこから何に気づいたのかを残す方が、後から効いてきます。

まとめ:小学生の夏休み宿題は、大人になってから効いてくる

小学生の夏休み宿題は、当時は面倒に感じるものが多いです。

私も、あさがお観察、一行日記、読書感想文、自由研究をかなり雑にやっていました。

でも、大人になってから振り返ると、これらの宿題には意味がありました。

  • あさがお観察・一行日記は、変化や気づきを残す練習
  • 読書感想文は、自分の意見を作る練習
  • 自由研究は、自分で問いを立てて伝える練習

一番伝えたいのは、小学生の夏休み宿題は「うまくやる」より「自分が見たことを残す」ことが大事だということです。

私自身、もっとあさがお観察や一行日記に向き合っていれば、今の自分ログやブログネタの蓄積も、もう少し自然に続いていたかもしれません。

だから、当時の自分に言うなら、やっぱりこれです。

とりあえずやっておけ!!

うまく書けなくていいです。

立派なことを書かなくていいです。

自分が見たこと、自分が感じたこと、自分が少し気になったことを残しておく。

それだけで、夏休みの宿題はただの提出物ではなく、未来の自分に残る記録になります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました