ブログを100記事書いても、期待していたほどの収益にはつながりませんでした。
2019年10月7日、私はこのブログで100記事を達成しました。ブログを本格的に始めたのが2019年6月1日だったので、約4か月で100記事を書いたことになります。
当時の私は、「まずは100記事を書けば、何かが変わるかもしれない」と考えていました。文章を書くことに慣れ、読者が増え、少しずつ収益も発生する。そんな期待があったのだと思います。
実際に100記事へ到達したときは、素直にうれしかったです。文章を書くことが好きではなかった私が、自分の意思で100本の記事を公開できたのですから、達成感はかなり大きなものでした。
一方で、「100記事を書けば稼げる」という期待は、現実にはなりませんでした。
100記事という数字は、収益を保証してくれる基準ではありませんでした。ただ、それで100記事を書いた意味がなかったとは思っていません。
この記事では、2019年に100記事を達成した直後の気持ちを残しながら、その後もブログを続けてきた現在の自分から、当時の達成感と収益化への期待を振り返ります。
結論|100記事は収益化のゴールではなく、ブログを続ける土台だった
最初に結論を書くと、ブログを100記事書いたからといって、急に稼げるようにはなりませんでした。
100記事へ到達した時点でも、私が期待していたような収益には届いていませんでした。記事を書くために使った時間を時給に換算したら、厳しい結果だったと思います。
それでも、100記事を書いてよかったとは感じています。
100記事を書いたことで、文章を書くことへの抵抗が少し薄れました。ブログへ何を書けばよいのか考える習慣もできました。そして何より、文章を書くことが苦手だった自分でも、積み上げれば100本まで到達できると分かりました。
100記事は、稼げるようになった証明ではありません。ブログを続ける土台を作ったという意味で、自分にとって価値がありました。
ブログを始めようとしている人や、100記事を目標にしている人に「100記事書けば稼げます」とは言えません。ただ、文章を書く練習や、自分が何を書きたいのかを見つける過程としては、記事を積み上げる意味があると思います。
約4か月で100記事を達成した
2019年10月7日に公開した記事をもって、このブログは100記事へ到達しました。
2019年6月1日から本格的にブログを動かし始めたため、約4か月で100記事を書いたことになります。約130日で100記事なので、毎日更新を達成したわけではありません。それでも、当時の自分としては予定より早く100記事へ到達できた感覚がありました。
毎日書けなかったことよりも、途中で完全にやめず、100本まで続けられたことの方が大きかったです。
私はもともと、文章を書くことが好きではありませんでした。本を読むことも、あまり好きではありませんでした。
大学へ進学すると、レポートを書く機会が増えました。大学院へ進学してからは、研究の記録や発表資料など、文章を書かずに過ごす日の方が少なくなったように思います。
しかし、文章を書く機会が増えたからといって、すぐに文章が上手になったわけではありません。自分が考えていることをうまく言葉にできず、周囲の人よりも文章が書けないことを悔しく感じる日もありました。
そこで、文章を使って自分の考えを表現する場所として、ブログを始めました。
当時は、文章力を鍛えたいという気持ちが中心でした。それと同時に、「文章を書いてお金までもらえたらラッキーだな」という期待もありました。
きれいに言えば、発信力や文章力を身につけるためです。ただ、本音では、お金を稼げるかもしれないという期待も確かにありました。
文章を書くことが苦手だったからこそ、達成感は大きかった
100記事へ到達したとき、一番強かったのは達成感でした。
文章を書くことが得意な人にとって、100記事は通過点なのかもしれません。しかし、文章を書くことを避けてきた私にとっては、100本の記事を公開できたこと自体が大きな変化でした。
100記事を書いたからといって、文章が得意になったとは言えませんでした。今読み返すと、断定が強すぎる記事、勢いだけで書いた記事、読者が知りたいことより自分の言いたいことを優先している記事もあります。
誤字や分かりにくい表現もあります。記事の構成や内部リンク、検索意図、収益導線など、当時はほとんど考えられていませんでした。
それでも、文章を書くことそのものは、以前より好きになりました。
これは、100記事達成で得られた一番大きな変化だったと思います。
得意になったわけではない。でも、嫌いだったものを続けられる程度には好きになった。
今振り返ると、この変化だけでも、100記事を書いた意味はあったと思います。
100記事を書いても、期待した収益には届かなかった
ブログを始めた頃、「100記事を書けば月1万円くらい稼げるようになる」という趣旨の情報を見た記憶があります。
当時の私は、その言葉をかなり単純に受け取っていました。
100記事まで書けばアクセスが増え、広告やアフィリエイトから収益が発生する。もちろん、100記事を書くだけで自動的に稼げるとは考えていなかったと思いますが、100記事という数字を一つの収益化ラインのように見ていました。
しかし、実際に100記事を書いても、期待していた結果にはなりませんでした。
4か月で1万円という水準にも届いていませんでした。記事を書くために使った時間を考えれば、時給という考え方をするのも嫌になるような状態でした。
100記事は、収益化の条件ではありませんでした。
今なら、記事数だけでは足りなかった理由も少し分かります。
- 誰のどのような悩みに答える記事なのかが曖昧だった
- 自分の体験より、調べたことの説明が中心の記事もあった
- 検索される言葉や検索意図を十分に考えていなかった
- 記事同士をつなぐ内部リンクが少なかった
- 読者が次に何をすればよいのかを示していなかった
- 商品やサービスを紹介する場合も、購入判断につながる材料が不足していた
- 公開した記事を検証し、改善する仕組みがなかった
ただし、これは現在の自分が過去を振り返って整理した内容です。当時の私は、まず記事を書くことで精いっぱいでした。
最初から現在のような運営をできていたとは思いません。100記事を書いたからこそ、自分の記事に何が足りなかったのかを後から考えられるようになった面もあります。
即収益化を目的にするなら、ブログはかなり厳しい
100記事達成時の私は、「すぐにお金を稼ぎたい人は、ブログを始めない方がよいのではないか」と感じていました。
この感覚は、現在も大きくは変わっていません。
ブログは、記事を書いた直後に必ず報酬が発生する仕組みではありません。時間を使って記事を書いても、ほとんど読まれないことがあります。読まれても、広告や紹介リンクがクリックされるとは限りません。
短期間で確実にお金を得ることだけが目的なら、働いた時間に対して報酬が決まっている仕事の方が、結果は分かりやすいと思います。
一方で、ブログには、過去に書いた記事が後になって読まれる可能性があります。
書いた直後にはほとんど読まれなかった記事が、検索結果から少しずつ読まれることもあります。自分の体験を記録した記事が、数年後の自分にとって記事を書き直す材料になることもあります。
私にとってブログは、すぐに収入へ交換できる労働というより、時間をかけて記事資産を蓄積する活動に近くなりました。
ただ、だからといって収益を無視してよいとも考えていません。
ブログは趣味ですが、サーバー代などのランニングコストがかかります。収入がゼロの状態が続けば、趣味の維持費として家計を圧迫します。現在は、ブログの運営費をブログの収益で賄える状態を目標にしています。
収益だけを目的にしたくはない。でも、収益を無視して続けるのも難しい。
この少し矛盾した状態が、現在の正直な考えです。
当時の人気記事を、現在の視点でもう一度振り返る
100記事を達成した当時、特に読まれていた記事が3本ありました。
現在読み返すと、文章や構成には直したい部分があります。一方で、当時の自分が何へ興味を持っていたのか、読者がどのような記事を読んでくれたのかを確認できる記録でもあります。
1位はiPhone 11の記事だった
当時、一番読まれていたのはiPhone 11について書いた記事でした。
2019年当時の私はAndroidユーザーでした。それでも、iPhone 11の処理性能、電池持ち、カメラなどに魅力を感じ、iPhoneユーザーを羨ましく思っていました。
その後、私は実際にiPhoneを使うようになりました。現在は、iPhone 15 Proをゲーム、カメラ、ブログ作成などに使っています。
当時はスペックや価格を見て「欲しい」と感じていましたが、現在は、スペックの高さだけでなく、自分の生活が変わるか、自分の用途に合うか、欲しいだけではないかを考えるようになりました。
2019年当時の期待と、その後にiPhoneを使って変わった判断基準は、Androidユーザーだった私がiPhone 11を羨んだ理由で振り返っています。

2位はテレビを手放した体験の記事だった
2番目に読まれていたのは、テレビについて書いた記事でした。
私は、一人暮らしを始める前まではテレビをよく見ていました。暇な時間があればテレビをつけることもあり、テレビがある生活を特に疑っていませんでした。
しかし、一人暮らしを始めると、生活スタイルが変わりました。テレビをほとんど見なくなり、「自分の生活にテレビは本当に必要なのだろうか」と考えるようになりました。
当時の記事では、「テレビは時代遅れ」とかなり強く書いていました。
今の自分なら、そこまで全員へ強く言い切りません。テレビが必要な人もいますし、家族で番組を見ることへ価値を感じる人もいると思います。
少なくとも、一人暮らしをしていた当時の私には、テレビが必要ではありませんでした。
現在の判断に合わせて整理した内容は、一人暮らしでテレビは自分には不要だと気づいた話で紹介しています。

3位は3万円台のiPadについて書いた記事だった
3番目に読まれていたのは、3万円台で登場したiPad第7世代について書いた記事でした。
当時は、iPadが3万円台で購入できることに大きな魅力を感じていました。タブレットは生活必需品ではありませんが、動画視聴、調べ物、勉強、手書きノートなど、使い方によっては生活を変える道具になると思っていたからです。
ただし、私はiPad第7世代を購入しませんでした。
ホームボタンと太いベゼル、10.2インチの画面など、自分が求めていた使い方とは少し違ったためです。その後、私は13インチのiPad Airを選びました。
安い製品を見つけても、自分の用途に合わなければ、購入後に使わなくなる可能性があります。
安いかどうかより、自分が何に使いたいのかを先に考えることが大切でした。
第7世代を購入しなかった理由と、後に13インチiPad Airを使って分かった判断基準は、3万円台のiPad第7世代を見送った理由で整理しています。

100記事はゴールではなく、ブログを続ける途中の記録だった
100記事へ到達した当時は、大きな目標を達成した感覚がありました。
しかし、その後もブログを続けてみると、100記事はゴールではありませんでした。
100記事を書いた後にも、記事を書けない時期がありました。更新が止まった時期もあります。過去の記事を読み返し、文章の強さや情報の古さが気になり、リライトしたくなることも増えました。
記事数が増えれば増えるほど、公開した後の管理も必要になります。
情報が古くなっていないか、リンクが切れていないか、今の自分の考えと大きくずれていないか、現在も読者の疑問へ答えられているかを確認しなければなりません。
当時は、「新しい記事を書き続けること」がブログ運営だと思っていた部分があります。
現在は、新規記事を書くことだけでなく、過去の記事を直し、記事同士を内部リンクでつなぎ、公開後の反応を見ながら改善することもブログ運営だと考えています。
100記事を達成してから約2か月後には、ブログ開始から1年の節目も迎えました。100記事達成時点では整理しきれなかった、文章を書く習慣、情報を集める習慣、お金を稼ぐ難しさについては、ブログを1年続けて分かったことで振り返っています。

100記事を書いて分かったのは、本数だけではなかった
100記事を書いた経験から学んだことは、「100記事を書けば稼げる」でも、「記事数には意味がない」でもありません。
記事数を積み上げたからこそ、書く習慣は身につきました。自分が興味を持つテーマも少しずつ見えるようになりました。読まれる記事と、ほとんど読まれない記事があることも分かりました。
一方で、記事数だけを増やしても十分ではありませんでした。
誰に向けて何を書くのか。どの体験を中心にするのか。読者に何を判断してほしいのか。記事を読んだ後に、次にどの記事を読んでもらうのか。
こうした設計がなければ、記事が増えてもブログ全体としてつながりにくくなります。
当時の記事には、一般的な製品情報をまとめただけのものもありました。検索して分かる情報を整理しただけでは、「自分が書く意味」が弱くなります。
現在は、自分が実際に悩んだこと、選んだ理由、見送った理由、失敗、後悔、予想との違いを、できるだけ記事へ残したいと考えています。
検索上位の記事をきれいにまとめ直すだけではなく、自分にしか書けない判断や経験を残す。そのうえで、検索意図や内部リンク、収益導線も考える。
まだ十分にできているとは言えませんが、少なくとも100記事達成時点よりは、ブログで何を残したいのかが明確になりました。
今なら「まず100記事書こう」とは単純に言わない
これからブログを始める人に、今の私なら「とにかく100記事書きましょう」とは言いません。
100記事という目標は、続けるための区切りにはなります。しかし、読者の悩みや自分の体験を考えずに、本数だけを埋めることが目的になると、後から大量に直すことになります。
私自身、過去の記事を読み返し、構成を直し、古い情報を更新し、現在の体験を追加する作業を続けています。
ただし、最初から完璧な記事を作ろうとして、何も公開できなくなるのも違うと思います。
書いてみなければ分からないことがあります。公開してみなければ、読まれるかどうかも分かりません。書いた後に考えが変わることもあります。
最初から完璧を目指すより、まず書いて、後から直す方が私には合っていました。
失敗した記事があっても、リライトできます。昔の自分の文章が読みにくくても、現在の自分が書き直せます。
100記事の中に、現在の自分なら公開しないような記事が含まれていたとしても、その失敗まで含めてブログ運営の記録だと思っています。
収益化を優先しても、当時の記事を消したくはない
現在は、ブログのランニングコストをブログ収益で賄うことを目標にしています。
趣味だから収益がなくてもよい、と言い切ることはできません。サーバー代などの費用が家計を圧迫すれば、ブログを続けること自体が苦しくなるからです。
そのため、収益へ近い記事、検索から読まれている記事、内部リンクで収益記事へ送客できる記事を優先して改善する必要があります。
一方で、短期的に収益へつながらないという理由だけで、100記事達成の記録を消したいとは思いません。
この記事には、文章を書くことが苦手だった自分が100記事まで到達した事実と、100記事を書けば稼げるかもしれないと期待し、現実との違いを知った経験が残っています。
今後、収益化を重視して記事を改善していくとしても、この部分は残したいです。
収益記事だけでは、なぜこのブログを続けているのかは伝わりません。
旅行記事、ガジェット記事、大学生活の記事、失敗談、価値観の記事があり、その中に収益につながる記事もある。その形が、今の自分には合っていると思います。
収益を第一目標にする時期があっても、収益性を唯一の評価基準にはしたくありません。
まとめ|100記事は成功の証明ではなく、ブログを続ける土台になった
2019年10月7日、私はブログ100記事を達成しました。
約4か月で100記事を書けたことには、大きな達成感がありました。文章を書くことが好きではなかった自分が、100本の記事を公開できたからです。
一方で、100記事を書いても、期待していた収益には届きませんでした。
100記事という数字は、収益を保証してくれませんでした。記事数を増やすだけでなく、検索意図、読者の悩み、一次情報、内部リンク、収益導線、公開後の改善まで考える必要がありました。
それでも、100記事を書いたことを後悔してはいません。
文章を書くことへの抵抗が減り、書くことが少し好きになりました。自分が何に興味を持ち、どのような体験を残したいのかも、少しずつ見えるようになりました。
100記事は、ブログで成功した証明ではありません。ただ、ブログを続ける土台にはなりました。
これからブログを始める人や、100記事を目指している人へ、「100記事書けば稼げる」とは言えません。
ただ、記事を書く中で、自分が何を伝えたいのか、どのような経験を残したいのかが見えてくることはあります。
途中で止まっても、後から再開できます。読みにくい記事を書いても、後で直せます。期待した収益が出なくても、運営方法を変えてやり直せます。
少なくとも私は、100記事を達成した時点で完成したわけではありませんでした。
今も、過去の記事を直しながらブログを続けています。
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100記事を書いた後、ブログの更新が止まった時期にも、過去に公開した記事は読まれていました。記事を新しく書き続けることだけではなく、公開済みの記事を残し、育てる意味を考えるきっかけになった記録です。

100記事達成時と比べ、現在は成功談だけでなく、迷い、失敗、後悔、判断が変わった過程もブログへ残しています。このブログで現在大切にしていることや、扱っているテーマはプロフィールにまとめています。




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