宗谷岬旅行の最後に立ち寄ったのは、北海道大学でした。
札幌駅から歩いて行ける場所に、古風で歴史を感じる建物と、急がずに歩きたくなる構内があります。
旅の最終日で疲れていたはずなのに、北海道大学では構内を歩いているだけで心地よく感じました。
できることなら、芝生で寝そべり、何もせずに過ごしたかったです。
同時に、自分が通った大学との違いも考えました。
北海道大学を羨ましいと思ったのは、建物が立派だったからだけではありません。
もっと勉強してここへ入っていたら、別の大学生活や人生があったかもしれない。
そんな、選ばなかった人生を想像したからでした。
その後は新千歳空港へ移動し、本格的なジンギスカンで宗谷岬旅行を締めるつもりでした。
しかし、旅は最後まで予定どおりには進みませんでした。
宗谷岬旅行の最後に北海道大学へ向かった
稚内から札幌方面へ戻り、帰りの飛行機まで少し時間がありました。
宗谷岬旅行の最終日です。
札幌で観光施設を急いで回ることもできたと思います。
それでも最後に選んだのは、北海道大学でした。
旅の最終日に大学へ行くのは、少し変わった選択かもしれません。
ただ、この日は新しい観光地を攻略するように回るより、広い場所をゆっくり歩きたい気分でした。
札幌駅の近くから歩いて立ち寄れることも、自分には合っていました。
北海道へ行ったことで、以前は遅いローカル線だと思っていた飯田線の見え方も変わりました。遠くへ行ったことで、地元の鉄道を別の視点から見られた話はこちらにまとめています。

そして札幌へ戻り、北海道大学を歩くと、今度は自分が通った大学や、選ばなかった大学生活まで考えることになりました。
旅は遠くの場所を知るだけではありません。
帰宅する直前になって、自分の過去まで振り返らせることがあります。
古風な建物に大学の歴史と威厳を感じた
北海道大学で最初に印象へ残ったのは、古風な建物でした。
建物の詳しい歴史や正式名称を確認しながら歩いたわけではありません。
それでも、自分が通った大学に多かった現代的な建物とは、明らかに雰囲気が違って見えました。
北海道大学の建物には、古さだけではない威厳がありました。
長い時間を積み重ねてきた大学であることが、歩いているだけでも伝わってくるようでした。
近代的できれいな建物が悪いわけではありません。
新しい建物には便利さがあります。
ただ、自分はこの日、便利さよりも、長くそこにあり続けたように見える建物へ心を動かされました。
大学を選ぶとき、授業内容や偏差値、就職先ばかりを考えます。
しかし、実際には毎日歩く構内や、何年も見る建物も大学生活の一部です。
受験生だった頃の自分は、そこまで想像できていませんでした。
札幌駅の近くに大学があることが羨ましかった
一番羨ましかったのは、札幌駅の近くに大学があることだったのかもしれません。
学生生活と大都市の中心が、地続きに見えました。
授業が終わった後に札幌の街へ出たり、鉄道で別の場所へ行ったりする生活を想像しました。
もちろん、実際の北海道大学生の生活を知っているわけではありません。
毎日暮らしていれば、観光で歩いた自分には見えない苦労もあるはずです。
それでも、一人の旅行者として歩いた自分には、大学生活と札幌の街との距離が近く見えました。
自分が通った大学では感じられなかった距離感でした。
自分の卒業大学は、中心駅から遠い場所にありました。
北海道大学を歩きながら、もし大学が中心駅の近くにあったら、自分の学生生活はどう変わっていただろうと考えました。
自分は鉄道で移動することが好きです。
だからこそ、大学と大きな駅が近いことへ、一般的な人以上に魅力を感じたのかもしれません。
歩いているだけで心地よく、寝そべって過ごしたかった
北海道大学では、何かを見るために急いで歩く必要がありませんでした。
少なくとも、この日の自分にはそう感じられました。
構内を歩いているだけで心地よかったです。
古風な建物を見ることも楽しかったのですが、建物を何棟見たかという結果には、あまり興味がありませんでした。
それよりも、広い道や芝生の近くをゆっくり歩いている時間がよかったです。
できることなら、芝生で寝そべり、何もせずに過ごしたいと思いました。
今回の旅では、何度も「何もしなくてよい時間」を求めていた気がします。
宗谷本線では、仕事を忘れ、車窓を眺めるだけの時間がほしかった。
北海道大学でも、観光地を次々と攻略するより、その場所にとどまりたくなりました。
宗谷岬まで来たのだから、北海道をできるだけ多く見て帰ろうという気持ちもありました。
一方で、もう何かを達成しなくてもよいとも感じていました。
今回の旅では、「何もしなくてよい場所」に心が動いていたのだと思います。
自分の卒業大学は、北海道大学とは違って見えた
自分の卒業大学は、中心駅から遠い場所にありました。
建物も現代的なものが多く、大学というより住宅街の一角にいるように感じることがありました。
北海道大学を歩くと、その違いが強く見えました。
ただし、これは大学の教育内容や研究環境を比べる話ではありません。
北海道大学で実際に学んだわけではありませんし、自分の卒業大学にも、そこでしか得られなかった経験があります。
比較していたのは、あくまで構内の印象、建物、立地です。
それでも、大学生活の記憶には、毎日見ていた景色が含まれています。
古風な建物の間を歩く生活。
札幌駅の近くで過ごす生活。
広い構内で、授業とは関係なく時間を使う生活。
北海道大学を歩きながら、自分にはなかった大学生活を勝手に想像していました。
羨ましかったのは、選ばなかった大学生活だった
北海道大学を羨ましいと思ったのは、建物や立地だけが理由ではありませんでした。
そこで送れたかもしれない大学生活を想像したからです。
もっと勉強していたら、別の大学へ入れたかもしれない。
北海道大学へ入っていたら、別の大学生活や人生があったかもしれない。
そう考えたのは事実です。
受験生の頃、もっと勉強しておけばよかったという気持ちもあります。
自分では、学歴へのコンプレックスがまったくないとは言えません。
普段は忘れていても、立派な大学を歩くと戻ってくる感情があります。
旅行中に北海道大学へ立ち寄っただけなのに、受験時代の後悔まで一緒に出てきました。
ただ、北海道大学へ入っていたら、人生が必ずよくなったとは限りません。
現実の学生生活を知っているわけでもありません。
選ばなかった道だから、実際よりも美しく見えている可能性もあります。
それでも、歩いている間だけは、ここで過ごせたかもしれない別の人生を想像していました。
今の人生を否定したいわけではない
北海道大学を羨ましいと思ったからといって、今の人生をすべて否定したいわけではありません。
自分が通った大学で学んだことがあります。
その後の仕事やアメリカ生活があり、今は一人で鉄道へ乗り、北海道まで旅行しています。
ブログへ自分の経験を残そうと思うようになったのも、今までの人生があったからです。
北海道大学へ入っていたら、この人生はなかったかもしれません。
ただ、「今の人生にもよいところがあるから、後悔はありません」ときれいに解決するつもりもありません。
今の人生を否定することと、選ばなかった道を羨ましく思うことは、別だと思います。
大学を歩くと、別の人生を想像してしまう。
その羨ましさは、北海道大学を出ても消えませんでした。
無理に前向きへ言い換えなくてもよい感情だと思っています。
旅の最後は本格的なジンギスカンで締めるつもりだった
北海道大学を歩いた後は、新千歳空港へ向かいました。
宗谷岬まで行った旅の最後は、本格的なジンギスカンで締めるつもりでした。
最後の食事まで北海道らしく終われれば、きれいな旅行記になります。
宗谷本線へ乗り、日本最北端の駅へ行き、宗谷岬まで到達する。
札幌へ戻り、北海道大学を歩く。
最後に新千歳空港でジンギスカンを食べる。
予定だけを並べると、最終日としてきれいにまとまっています。
自分は松尾ジンギスカンへ行くつもりでした。
空港で本格的なジンギスカンを食べ、満足して飛行機へ乗る。
それが今回の旅に用意していた最後の一場面でした。
15時でも満席だった松尾ジンギスカン
15時なら、さすがに空いていると思っていました。
昼食には遅く、夕食には早い時間です。
混雑を避けたい自分には、ちょうどよい時間のつもりでした。
しかし、松尾ジンギスカンは満席でした。
旅の最後まで、自分の想定どおりには進みませんでした。
待ってでも入るか。
別の店へ行くか。
帰りの飛行機がある以上、空港でいくらでも待てるわけではありません。
結局、自分は本格的な店で食べることを諦めました。
人気店が混雑していること自体へ不満があるわけではありません。
予約せず、15時なら空いているだろうと思っていたのは自分です。
それでも、旅の最後に食べるつもりだったものを食べられないのは、やはり残念でした。
フードコートのジンギスカンでは締まらなかった
代わりに、フードコートでジンギスカンを食べました。
ジンギスカンを食べるという目的だけなら達成しています。
しかし、旅の最後の一食としては満足できませんでした。
自分には、あまりおいしいと感じられなかったからです。
本格的な店へ入れなかった残念さも、味の感じ方へ影響していたかもしれません。
最初からフードコートで食べるつもりだったなら、違う感想になった可能性もあります。
それでも、そのときの自分は、本格的な店で旅を締めるつもりでした。
期待との差が大きくなっていました。
店が悪いと言いたいわけではありません。
食事の好みもあります。
あくまで、自分が期待していた旅の最後の一皿にはならなかったという話です。
宗谷岬まで行った旅行を、ジンギスカンで気持ちよく締めたかった。
しかし、最後の食事は物足りないまま終わりました。
旅行の最後は、きれいに締まらなくてもよい
最後の食事に満足できなかったからといって、今回の旅行全体が失敗だったわけではありません。
宗谷本線に乗りました。
長い車窓を眺め、日本最北端の駅へ到達しました。
宗谷岬にも立ちました。
宗谷岬で感じた価値は、一般的な絶景とは少し違いました。景色よりも、日本最北端へ来たという意味に価値を感じた体験はこちらに残しています。

北海道大学では、選ばなかった大学生活まで想像しました。
最後の一食に満足できなくても、旅行で得たものまでなくなるわけではありません。
ただ、旅がきれいに締まらなかったことも事実です。
北海道大学への羨ましさも解決していません。
ジンギスカンへの物足りなさも残っています。
達成感、羨ましさ、後悔、物足りなさ。
全部が混ざったまま、今回の旅行は終わりました。
それも含めて、今回の宗谷岬旅行だったのだと思います。
憧れも物足りなさも、次の旅へ残った
北海道大学では、もう少しゆっくり過ごしたかったです。
次に札幌へ行く機会があれば、今度は建物の名前も確認しながら歩きたいです。
何かをたくさん見るのではなく、芝生の近くで何もしない時間も取りたいと思っています。
ジンギスカンも、次は本格的な店で食べたいです。
今回できなかったことを、無理に埋め合わせる必要はありません。
旅は一度ですべてを満たさなくてもよいと思います。
宗谷岬まで行ったことで、次は日本最東端へ行きたくなりました。
北海道大学でもっと過ごしたかった。
本格的なジンギスカンを食べたかった。
今回満たされなかったものは、失敗というより、次に北海道へ来る理由として残りました。
セントレアから始まり、札幌、宗谷本線、稚内、宗谷岬を巡った2泊3日の流れは、シリーズ入口記事から読める形にまとめる予定です。
※シリーズ入口記事のURLは、公開後にここへ挿入します。
まとめ|選ばなかった人生を想像し、締まらないまま旅を終えた
北海道大学を歩いていると、そこで送れたかもしれない大学生活を想像しました。
古風で歴史を感じる建物。
札幌駅に近い立地。
歩いているだけで心地よい構内。
自分の卒業大学とは、大きく違って見えました。
もっと勉強して北海道大学へ入っていたら、別の人生があったかもしれない。
そう考えたのは事実です。
ただし、北海道大学へ入っていれば、人生が必ずよくなったとは限りません。
今の人生を全面的に否定したいわけでもありません。
それでも、大学を歩くと、選ばなかった道を想像してしまいます。
新千歳空港では、本格的なジンギスカンで旅を締めるつもりでした。
しかし、松尾ジンギスカンは15時でも満席でした。
代わりにフードコートで食べましたが、自分にはあまりおいしいと感じられませんでした。
宗谷岬まで行った旅の最後は、きれいには締まりませんでした。
それでも、宗谷本線へ乗り、日本最北端の駅と宗谷岬へ到達できた満足は変わりません。
北海道大学でもっと過ごしたかった。
本格的なジンギスカンを食べたかった。
憧れも物足りなさも残したまま、今回の宗谷岬旅行は終わりました。


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