2026年9月27日、松本城と旧開智学校を同じ日に歩きました。
どちらも松本を代表する歴史的な建物です。ただ、実際に両方を見て、同じように心が動いたわけではありませんでした。
私が強くひかれたのは松本城です。
黒い天守を見たときの「やっぱりかっこいいな」という感覚。木の床や柱、急な階段を歩いたときに感じた現存天守の本物感。旧開智学校にも歴史的な価値があることは分かりましたが、松本城で感じたような高揚感はありませんでした。
旧開智学校へ行ったことを後悔しているわけではありません。むしろ、二つの建物を同じ日に見たからこそ、私は学校建築よりも城や鉄道の歴史に強くひかれるのだと分かりました。
歴史的に価値があることと、自分が好きになることは、少し違うのだと思います。
今回の記事では、松本城と旧開智学校を歩いて感じた、その違いを正直に振り返ります。
今回の松本旅行では、名古屋から普通列車だけで松本へ向かいました。中央西線の車窓、松本で食べたもの、帰りの普通列車で過ごした時間まで含めた一日は、「名古屋から松本へ普通列車で日帰りした旅行記」にまとめています。

天気が悪くても、松本城はやっぱりかっこよかった
松本城へ向かった日は、あまり天気が良くありませんでした。
きれいな青空を背景に松本城を撮れるような日ではなかったと思います。それでも、松本城が見えてきたときは楽しみでした。
最初に出てきた感想は、かなり単純です。
「やっぱりかっこいいな」
歴史的な意味や建築上の価値を考えるより先に、そう感じました。
私は松本城の黒い天守が好きです。
姫路城のような白い城もきれいですが、松本城の黒い外観には、また違う重さがあります。今回も、その黒さを見た瞬間に松本城へ来た実感が湧きました。
松本城には以前も来ています。それでも、もう一度見て「やっぱり」と思えたということは、自分の中に以前から好きな感覚が残っていたのだと思います。
天気が良くなくても、その印象は変わりませんでした。
黒い天守と堀の組み合わせに松本城らしさを感じた
松本城は、黒い天守だけを切り取って見るよりも、堀を含めて眺めた方が松本城らしさを感じます。
どこで撮影した写真が一番好きだったのかは、写真を整理したうえで改めて確認する必要があります。ただ、今回も堀越しに見える天守を何枚も撮ったはずです。
建物と水面を一緒に見られることで、黒い天守の存在感がより強くなります。
私は旅行先で写真を撮るとき、最初から構図を細かく決めているわけではありません。それでも、同じ場所で何度も撮ってしまう建物があります。
松本城は、そういう建物でした。
どの角度から見れば一番きれいかを考えながら、少し歩いて、また立ち止まる。観光地を効率よく消化するというより、単純に自分がかっこいいと思える場所を探していました。
当日の写真を整理するときも、どこから撮ったかを正確に思い出せない部分は、無理に撮影地点を断定しないつもりです。
木の床と急な階段に感じた、現存天守の本物感
松本城で一番印象に残ったのは、天守からの景色よりも内部でした。
木の床があり、古い柱があり、急な階段があります。
きれいに復元された歴史施設とは違い、本当に何百年も残ってきた建物の中を、自分の足で歩いている感覚がありました。
本物が残っていること自体に価値がある。
今回、松本城を歩きながら強く感じたのは、このことです。
急な階段は、観光施設として考えれば不便です。上りやすい階段へ直した方が安全で、移動もしやすいのかもしれません。
しかし、上りにくさまで含めて昔の建物が残っています。
松本城の公式案内によると、天守内の階段は約140段あり、最大斜度は約61度です。階段付近は安全管理のため撮影できないため、記事に写真を掲載する場合も、現地で撮影が認められていた場所のものだけを使います。
便利に改修されすぎていないからこそ、建物が造られた時代との距離が少し近くなるように感じました。
近代的な施設なら、エレベーターや緩やかな階段があって当然です。松本城では、その当然が通用しません。
もちろん、急な階段を上るのが難しい人もいると思います。誰にでも勧められる体験とは言い切れません。それでも私は、木の床や柱、急な階段を含めて、現存天守の本物感にひかれました。
黒い外観を眺めるだけでも松本城へ来た実感はあります。しかし、私の場合は、中へ入って古い木造天守を歩いたことで、より強く心が動きました。
天守からの景色は、記憶より普通に感じた
天守からの景色については、正直に書くと、思っていたより普通に感じました。
以前に見たときは、もっと景色が良かったような記憶があります。
ただし、これは松本城だったのか、犬山城だったのか、記憶が少し曖昧になっています。
二つとも以前に訪れたことがあり、どちらも天守から街を見下ろしました。その景色の記憶が、自分の中で混ざっている可能性があります。
そのため、「昔の松本城の方が景色が良かった」とまでは断定できません。
当日の天気も、景色の印象に影響していたと思います。
それでも、今回の松本城で一番印象に残ったのが景色ではなかったことは確かです。私の心に残ったのは、天守から遠くを見る時間より、木の床や柱、急な階段を歩いた時間でした。
城へ行けば、天守からの絶景に感動するものだと思っていた部分もあります。しかし、実際に何が印象に残るかは、その日に行ってみないと分かりません。
景色が普通に感じられたことも含めて、今回の松本城体験でした。
前回より電子チケット優先になっていた
以前に松本城を訪れたときと比べると、入場方法も変わっていました。
今回は電子チケットが優先されている印象があり、観光地としての運営が変化していると感じました。
建物そのものは何百年も残っていても、観光地としての仕組みは変わっていきます。
松本城では、入場日時を指定できる電子チケットが販売されています。チケット購入や天守入場の待ち時間を短縮できる一方、購入後の変更、キャンセル、払い戻しはできないため、利用する場合は入場日時を決めてから購入する必要があります。
ただし、今回私が実際にどの券種を使ったのかは、チケットの記録を再確認してから記事へ追記したいと思います。
電子チケットがあること自体は便利です。ただ、日時を先に決める必要があるため、当日の気分で自由に動きたい人には少し窮屈に感じる可能性もあります。
私は一人旅では、その日の疲れや混雑を見ながら予定を変えることがあります。便利さと自由さのどちらを優先するかは、人によって違うと思います。
前回との違いを見つけられたことも、再訪ならではの面白さでした。
外国人観光客の多さと、英語を何度も使った複雑さ
今回の松本城では、外国人観光客がかなり多いと感じました。
正確な人数を数えたわけではありません。ただ、自分の周りでは外国人観光客の方が多いのではないかと思う場面がありました。
通路や階段で順番を譲るときには、
「Go ahead」
相手から何か言われたときには、
「No problem」
と、何度も英語を使いました。
もちろん、難しい会話をしたわけではありません。短い一言を繰り返しただけです。
それでも、日本の城を見に来ているのに、自分も英語を何度も使っている状況には少し複雑な感覚がありました。
外国人観光客が来ること自体を否定したいわけではありません。松本城に多くの人が魅力を感じていることは、悪いことではないと思います。
一方で、せっかく日本の歴史を感じられる場所へ来たのに、周囲の会話や自分が使う言葉まで海外にいるときのようになったことで、「日本にいる感覚が少し薄くなるな」と感じたのも事実です。
これは外国人観光客全体への評価ではなく、その日の混雑の中で私が感じたことです。
私はアメリカで生活していたとき、毎日英語を使い、周囲へ合わせることに疲れた経験があります。帰国後は、日本で日本語だけを使って静かに過ごせることにも安心を感じるようになりました。
だからこそ、日本の観光地で何度も英語を使う状況に、少し複雑な気持ちが出てきたのだと思います。
それでも、通路で譲り合う必要があるなら、相手に伝わる言葉を使う方がよいです。
「Go ahead」と「No problem」だけでも十分でした。
この感情を、外国人観光客が多いから嫌だったという単純な話にはしたくありません。松本城が多くの人を引きつける場所になっていることと、自分が日本らしい静けさを求めていたことが、同時に存在していました。
松本城を見て、日本100名城を始めたくなった
松本城を歩いていると、日本100名城のスタンプラリーにも興味が湧いてきました。
御城印も集めてみたいと思いました。
これまでも旅行先で城へ行くことはありましたが、城巡りを一つの趣味として、きちんと続けてきたわけではありません。
駅スタンプや御朱印も同じで、見つけたら集める程度になりがちでした。
しかし今後は、「旅行のついで」ではなく、それ自体を旅の目的の一つにしてもよいと思っています。
ただ、日本100名城を始めるなら、最初は松本城ではなく、地元愛知の犬山城からにしたいです。
すでに松本城へ来ているのだから、ここから始めてもよかったのかもしれません。それでも、自分の城巡りの出発点は地元にしたい気持ちがあります。
有名な城から始めるより、自分にとって意味のある場所から始めたい。
効率だけで考えれば、今回の松本城でスタンプを押して一城目にすればよかったのだと思います。けれど、趣味は効率だけで始めるものでもありません。
犬山城へ行き、そこから一つずつ増やしていく方が、私には合っている気がします。
松本城を見たことで、「城が好き」という感覚が、その場限りの感想ではなく、これから続けたい趣味へ少し変わり始めました。
時間に余裕があったので旧開智学校まで歩いた
松本城を見た後は、旧開智学校へ向かいました。
時間と体力に余裕があったため、松本城だけで終わらず、実際に旧開智学校まで行けました。
当日の正確な移動時間や、歩いている途中に何を感じたかは、はっきりとは記録できていません。そこは無理に物語を作らず、確認できる範囲だけを書きます。
旧開智学校は明治時代に建てられた擬洋風建築で、近代の学校建築として初めて国宝に指定されています。
松本城が城として残ってきた建物なら、旧開智学校は教育の歴史を伝える建物です。
どちらも古い建物ですが、残している歴史の種類は違います。
松本城を見た直後に旧開智学校へ行ったことで、その違いを意識しやすくなりました。
もし別の日に訪れていたら、それぞれを独立した観光地として見て終わっていたかもしれません。同じ日に続けて見たからこそ、自分の反応の差がよく分かりました。
日本語だけの説明が、かえって印象に残った
旧開智学校で印象に残ったことの一つが、日本語だけで書かれた説明です。
私が見た範囲では、説明が日本語だけだった記憶があります。
松本城では複数の言語による説明を見た記憶があるため、余計に違いを感じました。ただし、松本城の説明が正確に何か国語だったのかは記憶に基づくため、ここでは断定しません。
多言語表示は、海外から来た人にとって必要なものだと思います。それ自体を否定するつもりはありません。
それでも私は、旧開智学校の日本語だけの説明を好意的に受け止めました。
日本語の文章を静かに読みながら、自分のペースで展示を見ることができたからです。
松本城では周囲の人が多く、英語を使う場面もありました。その後に旧開智学校へ来たことで、雰囲気の違いがより強く感じられたのかもしれません。
外国語が聞こえないことを求めていたというより、日本語で説明された日本の歴史を、日本語のまま読めることに安心したのだと思います。
これは誰にでも同じように感じられる魅力ではありません。
多言語表示が充実している方がよいと感じる人もいるでしょう。私の場合は、日本語だけの展示が静かな雰囲気と合っているように感じました。
展示の文字が小さく、読むのには苦労した
日本語だけの説明には好印象を持ちましたが、すべてが読みやすかったわけではありません。
正直、文字が小さかったです。
説明を読もうとしても、読むのに苦労する場面がありました。
日本語だけだから読みやすいと思ったのに、文字の大きさという別の問題がありました。
ここは無理に褒める必要はないと思っています。
展示内容が良くても、読むのに苦労すると、すべてを丁寧に追うのは難しくなります。私は文章を読むこと自体が特別速いわけでもなく、小さな文字を長く読むと疲れてしまいます。
説明をもっと読み込めば、旧開智学校の面白さを深く理解できた可能性はあります。
しかし、実際には文字の小ささが負担になり、一つひとつの展示をじっくり読むところまではいきませんでした。
日本語だけの展示を好意的に感じたことと、文字が読みづらかったことは矛盾するようですが、どちらも私の本音です。
すべてをきれいな感想にまとめるより、「ここはよかったけれど、ここはつらかった」と分けて残した方が、当日の感覚に近いと思います。
正直、学校にはそこまで興味がなかった
旧開智学校を歩きながら、かなり率直な感想が出てきました。
「学校はあんまり好きじゃないな」
ここで言いたいのは、旧開智学校が悪い施設だったということではありません。
歴史的な価値があることは分かります。実際に学校として使われていた建物が残り、教育の歴史を伝えていることにも意味があります。
ただ、私は学校そのものに、そこまで強い思い入れがありませんでした。
松本城では、木の床や柱を見て、何百年も前の人がここを歩いていたことを考えました。急な階段を上りながら、当時の建物がそのまま残っていることにワクワクしました。
鉄道に乗っているときも、なぜこの場所に駅があるのか、どのように集落ができたのか、地域の人がどう使っているのかを考えたくなります。
一方で旧開智学校では、同じような想像があまり広がりませんでした。
これは施設の問題ではなく、私の興味の問題だったのだと思います。
学校建築や教育史が好きな人なら、旧開智学校の方に強く心が動くかもしれません。昔の教科書や教育制度に関心がある人なら、私が立ち止まらなかった展示に長い時間を使う可能性もあります。
しかし、少なくとも私は、学校建築より城や鉄道の方が好きでした。
有名な場所へ行ったのだから、感動しなければならないと思う必要はありません。
価値のある建物だと理解することと、自分がワクワクすることは別です。
旧開智学校へ行ったからこそ、その違いが分かりました。
学生時代の私は、有名な観光地をできるだけ多く回ることを優先していました。実際に見た場所で自分の心が動いたのかを、今ほど考えていなかった気がします。
有名観光地を急いで回っていた学生時代の旅と、今になって感じている後悔は、こちらの記事で振り返っています。
また、私は鉄道では、速さだけでなく車窓や地域の暮らしに関心が向きます。
飯田線を全線乗ったときも、遅いことより、地形に沿ってできた集落や、生活路線として使う人たちの姿が印象に残りました。その体験は、こちらの記事にまとめています。
旧開智学校で強く感動できなかったことも、無駄な体験ではありません。
行ってみなければ、自分が何に興味を持てないのかも分かりませんでした。
松本城と旧開智学校で心が動いた点を比べる
今回感じた違いを整理すると、次のようになります。
松本城で心が動いたこと
- 黒い天守がかっこよかった
- 堀と天守を一緒に眺めるのが楽しかった
- 木の床や柱に古さを感じた
- 急な階段も現存天守の一部として印象に残った
- 何百年も建物が残っている事実にひかれた
- 日本100名城や御城印に興味が湧いた
- 今後、城巡りをきちんと始めたくなった
旧開智学校で印象に残ったこと
- 松本城とは異なる種類の歴史的建築だった
- 日本語だけの説明を好意的に感じた
- 静かな雰囲気が印象に残った
- 展示の文字が小さく、読むのには苦労した
- 歴史的価値は理解できた
- 松本城ほどの高揚感はなかった
- 自分は学校建築に強い思い入れがないと分かった
この違いは、松本城の方が旧開智学校より優れているという意味ではありません。
興味の入口が違っただけです。
城や城下町の歴史、何百年も残った木造天守にひかれる人もいれば、明治の学校建築や教育制度にひかれる人もいると思います。
私の場合は、前者でした。
松本城と旧開智学校を回って分かった、自分が好きな歴史
松本城も旧開智学校も、どちらも歴史のある建物でした。
しかし、自分の心が強く動いたのは松本城です。
黒い天守を見た瞬間の「やっぱりかっこいいな」という感覚。木の床や柱、急な階段。何百年も残っている現存天守の本物感。
旧開智学校では、同じ種類の高揚感はありませんでした。
日本語だけの展示は印象に残りましたし、歴史的な価値も分かります。ただ、文字を読むのに苦労し、学校そのものへの自分の関心も、想像していたほど強くありませんでした。
だからといって、旧開智学校へ行かなければよかったとは思いません。
二つを同じ日に見たからこそ、自分は学校建築よりも城や鉄道の歴史が好きなのだと分かりました。
行って強く感動した場所だけが、旅の成果ではありません。
そこまで心が動かなかった場所も、自分が何を好きなのかを知る材料になります。
有名な観光地で感動できなくても、その場所の価値を否定する必要はありません。自分の興味が別の方向に向いていただけかもしれません。
今回の松本観光では、松本城のかっこよさを改めて感じただけでなく、今後は日本100名城や御城印にも、きちんと取り組みたいと思いました。
始めるなら、地元愛知の犬山城からです。
効率よく多くの城を回るより、自分にとって意味のある場所から、少しずつ始めたいと思っています。



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