広島には、これまで2回行ったことがあります。
1回目は、令和元年5月。大学院2年の春に、名古屋から新幹線で日帰りした一人旅です。原子力を専攻した日本人として、広島へ行かない選択肢はないと思っていました。
2回目は、アメリカ研修後にアメリカ人の友人と行った旅行です。友人が「広島に行きたい」と言ったことがきっかけでした。
どちらの旅行でも、原爆ドームや平和記念公園周辺で静けさを感じました。
ただ、その静けさの意味は違いました。
一人旅では、原爆ドームという場所そのものに圧倒される静けさでした。
アメリカ人の友人と行ったときは、友人の沈黙が気になる静けさでした。
同じ広島でも、誰と行くかで感じ方は変わる。
それを強く感じたのが、私にとっての2回目の広島旅行でした。
広島には2回行った
私が初めて広島へ行ったのは、令和元年5月です。
当時は大学院2年の春で、名古屋から新幹線で日帰りしました。今振り返ると、かなりの弾丸旅行です。原爆ドーム、宮島、厳島神社、広島城を回りました。
旅行全体としては楽しかったです。宮島や厳島神社も印象に残っていますし、広島城にも行きました。
ただ、一番強く残っている場所は原爆ドームでした。
その一人旅については、別の記事でも書いています。

2回目は、アメリカ研修後にアメリカ人の友人と広島へ行った旅行です。
アメリカに住んでいたとき、アメリカ人が日本の有名な都市として東京、京都、広島をよく挙げていたので、友人が広島に行きたいと言ったこと自体にはあまり驚きませんでした。
ただ、日本人の自分と、アメリカ人の友人が一緒に広島へ行く。
その意味を、行く前からどこかで意識していた気がします。
2回目の旅行についても、別記事で詳しく書きました。

この記事では、その2回の広島旅行を比べながら、「一人で見る広島」と「アメリカ人の友人と見る広島」は何が違ったのかを整理していきます。
一人旅では、原爆ドームの静けさに圧倒された
一人旅で一番印象に残っているのは、原爆ドームです。
宮島も行きました。厳島神社も行きました。広島城も行きました。
でも、原爆ドームだけは、他の観光地とは違う感覚でした。
正直、観光ではありませんでした。
原爆ドームの前に立ったとき、何も考えられませんでした。
教科書でも、大学でも、原爆については知識として学んでいました。原子力専攻として、放射線の影響なども学んでいました。
でも、現地に立つと、その知識を整然と思い出すような感じではありませんでした。
その場所は何も言っていない。
ただ、自分が持っている知識の中から、そう感じるだけでした。
知識として知っていることと、現地で何も考えられなくなることは違います。
私にとって、原爆ドームはその違いを初めて強く感じた場所でした。
一人旅なのに、周囲の人も含めて静かだった
一人旅では、基本的に自分が何を見て、自分が何を感じるかに意識が向きます。
でも、原爆ドームでは違いました。
周囲の人も含めて、その場全体が静けさに包まれているように感じました。
子どもも含めて、誰も大きな声を出していない。観光地なのに、観光地らしい賑やかさがない。都市の中なのに、そこだけ音が抜け落ちているように感じました。
一人旅なのに、自分の内側だけで完結しない感覚でした。
「静けさ…いとおかし」と言いたくなるくらい、静けさそのものが印象に残っています。
ただ、場所が場所なので、簡単には言えない重さもありました。
このときの静けさは、場所そのものに圧倒される静けさでした。
原爆ドームという建物。
その周囲の空気。
そこにいる人たちの表情や声の小ささ。
全部が合わさって、自分がその場に包まれているような感覚でした。
アメリカ人の友人と行ったときも、静けさはあった
アメリカ人の友人と広島へ行ったときも、原爆ドームや平和記念公園周辺で静けさを感じました。
ただし、一人旅のときとは違いました。
一人旅の静けさは、場所そのものに圧倒される静けさでした。
友人旅の静けさは、友人の沈黙が気になる静けさでした。
普段、その友人はよく話す人でした。
アメリカ生活では、話さないとコミュニケーションが苦手な人と思われるような空気を感じることがありました。“How are you?” やスモールトークも多く、正直しんどいと思うこともありました。
だからこそ、アメリカ人の友人と一緒にいて「静けさ」を感じたことが、自分の中ではかなり印象的でした。
アメリカ人といて、静けさを感じたのは初めてだったかもしれません。
自分の感情に集中できなかった
一人旅では、原爆ドームという場所に対して、自分がどう感じたかに意識が向いていました。
でも、友人旅では違いました。
自分が何を感じているのかよりも、友人が何を感じているのかが気になっていました。
普段よく話す友人が黙っている。
その沈黙に、こちらが反応してしまう。
日本人として、少し複雑な気持ちになりました。
でも、それをどう言葉にすればいいのか分かりませんでした。
一人旅では、場所そのものに圧倒されて何も考えられなかった。
友人旅では、友人の反応を見ながら、どう受け止めればいいのか分からなくなった。
同じ「何も言えない」でも、理由が違いました。
同じ静けさでも、意味が違った
2回の広島旅行を比べると、どちらにも静けさはありました。
ただし、その静けさの意味は違いました。
一人旅では、原爆ドームという場所そのものに圧倒されました。
周囲の人も含めて、その場全体が静けさに包まれているように感じました。
一方で、アメリカ人の友人との旅行では、場所の静けさに加えて、友人の沈黙が強く残りました。
普段よく話す友人が、原爆ドームや平和記念公園では静かだった。
それが、自分にとっては大きかったです。
一人旅では、自分の知識と現地の空気がぶつかりました。
友人旅では、友人の沈黙を通して広島を見ていました。
同じ場所にあった静けさなのに、誰といるかで意味が変わった。
この感覚が、今回の記事で一番書きたかったことです。
誰と行くかで、同じ場所の見え方は変わる
旅行では、誰と行くかで感じ方が変わることがあります。
楽しい観光地なら、誰と行ったかで思い出の明るさが変わることは分かりやすいです。
でも、広島のような場所では、それがもっと違う形で出る気がします。
一人で行けば、自分の内側に沈んでいく。
誰かと行けば、その人の反応を通して見る。
特に相手がアメリカ人の友人だったからこそ、私は自分の感情だけに集中できませんでした。
それは悪いことではなかったと思います。
むしろ、一人では感じられなかった複雑さを感じられたという意味では、アメリカ人の友人と広島へ行ったことには確かに意義がありました。
友人の“Good!”が、今でも残っている
2回目の広島旅行で一番印象に残っている場面があります。
記念碑の前で、友人が “Good!” と言ったことです。
その意味を聞こうと思いました。
でも、聞けませんでした。
英語でうまく聞ける自信がなかったこともあります。
ただ、それだけではありません。
複雑な感情がありながらも出た、アメリカ人特有の “Good!” だったのかもしれない。
そこを深掘りするのは、少し野暮な気がしました。
“Good!” の意味は、今でも分かりません。
良い場所という意味だったのか。
記念碑として大切という意味だったのか。
ここに来られてよかったという意味だったのか。
英語特有の軽い相づちだったのか。
正確な意味は分かりません。
ただ、その一言が今でも残っています。
答えが出ないまま残る言葉もある
普通の記事なら、ここで何かしらの答えを出した方がよいのかもしれません。
でも、この “Good!” に関しては、無理に答えを出さなくてもいい気がしています。
聞けなかったことは、少し後悔しています。
でも、聞かなかったからこそ、今も考え続けているのかもしれません。
もしその場で意味を聞いていたら、友人は何か答えてくれたと思います。
でも、その答えが自分の中の複雑さを完全に解消してくれたかというと、それも分かりません。
言葉にできないものを、無理に言葉にしようとすると、かえって大事なものがこぼれることもあります。
広島で感じたことは、まさにそういう種類のものだった気がします。
宮島・厳島神社は、広島の別の表情だった
原爆ドームや平和記念公園の話をすると、どうしても重くなります。
でも、広島旅行全体が重かったわけではありません。
宮島や厳島神社は、2回とも観光として楽しめました。
一人旅では、厳島神社は神社の中では華やかに感じました。海の上にある雰囲気が印象的で、他の神社とは違う特別感がありました。
友人旅でも、宮島・厳島神社はとても賑やかで楽しめました。
原爆ドームや平和記念公園の静けさと、宮島・厳島神社の賑やかさ。
この対比も、広島旅行の特徴だと思います。
広島には、向き合う場所と楽しむ場所の両方がある。
これは、2回行ったからこそ整理できた感覚です。
牡蠣や海鮮にも、少し文化差があった
友人旅では、宮島で少し軽い文化差も感じました。
友人は牡蠣を気持ち悪そうに見ていました。海鮮も苦手だったようです。
その友人は、アメリカ人の中では何でも食べる方だと思っていました。
それでも、牡蠣や海鮮には抵抗があったのだと思います。
この話は今回の記事の中心ではありません。
ただ、原爆ドームや平和記念公園で感じた重さとは別に、宮島ではこういう分かりやすい文化差もありました。
広島旅行は、静けさだけではありません。
賑やかさもあるし、食文化の違いもあるし、観光として楽しめる場所もあります。
だからこそ、重いだけの旅先として扱うのも少し違う気がします。
アメリカ人の友人と広島へ行ったこと自体に意義があった
重い言い方になりますが、アメリカは原爆を落とした側の国です。
日本は落とされた側の国です。
その国の人間同士が、今は親友として広島を歩ける。
この事実自体に意味があると思います。
もちろん、個人と国家を単純に重ねるべきではありません。
友人に何か責任があるわけでもありません。
それでも、日本人の自分とアメリカ人の友人が、原爆ドームや平和記念公園を一緒に歩いたことには、やはり特別な意味がありました。
“Good!” の意味を問い詰めることよりも、友人と一緒に広島を歩けたことに感謝すべきだったのかもしれません。
きれいごとだけでは終わらない
とはいえ、「友人と歩けてよかった。平和って大事ですね」で簡単に終わらせるのも、少し違う気がします。
私は友人の反応が気になりました。
“Good!” の意味を聞けませんでした。
日本人として複雑な気持ちにもなりました。
うまく言葉にできませんでした。
それでも、行った意味はあったと思います。
2回行っても、広島をうまく言葉にできたわけではありません。
むしろ、行けば行くほど、簡単には言葉にできない場所だと感じました。
でも、それでいいのかもしれません。
広島は、分かりやすい答えを持ち帰る場所ではなく、うまく言葉にできないものを持ち帰る場所でもあると思います。
まとめ|一人で見る広島と、友人と見る広島は違った
一人で見た広島と、アメリカ人の友人と見た広島は違いました。
一人旅では、原爆ドームという場所そのものに圧倒されました。
周囲の人も含めて、その場全体が静けさに包まれていました。
知識として知っていたことと、現地で何も考えられなくなる感覚がぶつかりました。
アメリカ人の友人と行ったときも、静けさはありました。
ただし、その静けさは少し違いました。
普段よく話す友人が黙っていること。
記念碑の前で “Good!” と言ったこと。
その意味を聞けなかったこと。
私は、友人の沈黙や言葉を通して広島を見ていたのだと思います。
同じ場所でも、誰と行くかで感じ方は変わります。
特に広島のような場所では、それがより強く出るのかもしれません。
2回行っても、広島を完全に言葉にできたわけではありません。
それでも、アメリカ人の友人と広島へ行ったことには、確かに意義がありました。
落とした側と落とされた側。
そんな言い方をすると重くなりますが、その国の人間同士が、今は親友として広島を歩ける。
その時代に生きていること自体、ありがたいことなのかもしれません。
次の記事では、原子力を学んだ日本人として、広島に行って何を考えたのかを整理します。
一人旅では、原爆ドームの前で何も考えられませんでした。
友人旅では、アメリカ人の友人の沈黙や “Good!” の意味を考え続けました。
では、原子力を学んだ自分にとって、広島へ行くことにはどんな意味があったのか。
その部分を、次の記事で深掘りしていきます。



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