令和元年5月、大学院2年の春に、名古屋から広島へ日帰り一人旅をした。
移動手段は新幹線。名古屋から広島までは、のぞみを使えば2時間少しで行ける便もある。実際、検索結果でも名古屋から広島まで2時間11分から2時間20分台の便が複数確認できる。
だから、行けるか行けないかで言えば、名古屋から広島へ日帰りで行くことはできる。
私も実際に行った。原爆ドーム、宮島、厳島神社、広島城を1日で回った。JRにも乗ったし、広島の路面電車にも乗った。
ただ、今振り返ると、かなり弾丸だったと思う。
当時は若かったし、大学院生だったし、多少無理をしても行けると思っていた。むしろ、日帰りで広島まで行って帰ってくること自体に、どこか達成感のようなものもあった。
でも今なら、同じ旅程にはしない。
広島は日帰りでも行ける。
でも、日帰りで満足できるとは限らない。
特に原爆ドームや平和記念資料館まできちんと向き合うなら、駆け足で済ませる場所ではなかったのかもしれない。
原子力専攻をした日本人として、広島へ行くべきだと思っていた
広島へ行った理由は、単なる観光だけではなかった。
当時の私は、原子力を専攻していた。原子力を学んだ日本人として、広島へ行かないという選択肢はないと思っていた。
ただ、今振り返ると、そこまで立派な使命感だけだったかと言われると、少し違う。
若気の至りもあったと思う。勢いもあったと思う。
「原子力を学んだ以上、広島へ行くべきだ」
そういう気持ちは確かにあった。けれど、広島という場所にきちんと向き合う準備ができていたかと言われると、正直そこまで深く考えられていなかった気もする。
このあたりは、私がブログでよく書いている「後から振り返って、ようやく分かること」に近い。プロフィールでも書いているように、このブログは失敗してもやり直せることや、自分の経験をあとから言葉にする場所として続けている。
詳しくは、プロフィールにもまとめている。

当時の自分は、広島へ行ったという事実を作りたかったのかもしれない。
でも実際に行ってみると、「行った」という事実だけでは終わらない場所だった。
原爆ドームは観光地ではなかった
広島旅行で一番印象に残っている場所は、原爆ドームだった。
宮島も行った。厳島神社も行った。広島城も行った。旅行全体としては楽しかった。
でも、原爆ドームだけは別の感覚だった。
観光ではなかった。
もちろん、観光地として訪れる人は多い。写真を撮る人もいるし、修学旅行生らしき人もいる。外国人観光客もいる。
それでも、私にとって原爆ドームは「観光地」ではなかった。
とても静かだった。
周りは普通に都市だった。道路もあるし、建物もあるし、人も歩いている。なのに、その周辺だけは時間が止まっているように見えた。
「厳か」とはこういうことを言うのかもしれない。
大きな音がしたわけではない。誰かに説明されたわけでもない。むしろ、その場所は何も言っていなかった。
でも、何も考えられなかった。
教科書でも大学でも知識としては学んでいた
原爆については、教科書でも学んできた。
大学でも、原子力専攻として放射線の影響などを学んでいた。原爆によって多くの人が亡くなり、その後も多くの人が放射線の後遺症に悩まされたことは、知識としては知っていた。
でも、知識として知っていることと、実際にその場所に立つことは違った。
原爆ドームの前に立ったとき、私は自分が知っている知識を言葉にできなかった。
「ここで何万人もの人が亡くなった」
そういう言葉は頭の中にある。
でも、その場でそれをきれいに説明する気にはなれなかった。
その場所は何も言っていなかった。
ただ、自分が持っている知識の中から、そう感じるだけだった。
でも、その場所は何も言っていなかった
不思議だったのは、周りの人も静かだったことだ。
子どもも含めて、誰も大きな声を出していなかった。観光地なら、もっと話し声があってもおかしくない。写真を撮って、感想を言って、次の場所へ行く。普通の観光地ならそれでいいと思う。
でも原爆ドームの周辺では、そういう雰囲気ではなかった。
自分一人が静かになっていたわけではない。周囲の人も含めて、その場全体が静けさに包まれているように感じた。
一人旅では珍しい感覚だった。
普通の一人旅なら、自分が何を見て、何を食べて、何を感じたかに意識が向く。でも原爆ドームでは、自分だけでなく、その場にいる人たち全体の空気まで意識していた。
都市の中で、そこだけ音が抜け落ちているように感じた。
弾丸で来てしまったこと自体が、不謹慎だったのかもしれない。
そう思った。
平和記念資料館に行けなかったことは、今でも少し申し訳ない
この一人旅で、平和記念資料館には行けなかった。
理由は単純で、時間が足りなかったからだ。日帰り弾丸旅行で、原爆ドーム、宮島、厳島神社、広島城まで回ろうとしていた。今思えば、詰め込みすぎだった。
でも、原爆ドームを見て「観光ではない」と感じたにもかかわらず、その背景をもっと深く知る場所まで行けなかったことは、今でも少し申し訳ないと思っている。
時間がなかったと言えばそれまでだ。
けれど、広島という場所に対して、自分の向き合い方が浅かったのかもしれない。
広島平和記念資料館は、被爆資料や遺品、証言などを通じて核兵器の恐怖や非人道性を伝える施設と説明されている。公式サイトでも、混雑時には事前のWEBチケット購入が勧められている。
今から行くなら、原爆ドームだけでなく、平和記念資料館まで時間を取ると思う。
むしろ、そこを中心に旅程を組む。
広島は日帰りでも行ける。
でも、原爆ドームや平和記念資料館まで向き合うなら、日帰りで駆け足にする場所ではなかったのかもしれない。
宮島と厳島神社は、観光として楽しめた
一方で、宮島と厳島神社は観光として楽しめた。
人が多く、とても賑やかだった。
原爆ドームの静けさとは対照的だった。広島旅行の中で、宮島・厳島神社は「観光地としての広島」を感じられる場所だったと思う。
厳島神社は、神社の中では華やかに感じた。海の上にある雰囲気も印象的だった。
ただ、ここでも少し後悔がある。
宮島の屋台は閉店間際で、牡蠣を食べられなかった。
広島まで行ったのに、広島グルメをあまり楽しめていない。これは今振り返るとかなり悔しい。
原爆ドームに向き合う時間も足りない。
平和記念資料館にも行けない。
宮島では牡蠣も食べられない。
こうして見ると、やっぱり日帰りで詰め込みすぎだった。
旅行は効率だけではない。
私は飯田線の記事でも、鉄道旅は速さだけでは語れないと書いた。飯田線は遅いけれど、遅いからこそ車窓やローカル線の魅力が見えることもある。
その話は、こちらの記事に書いている。

広島も同じで、効率よく回れたかどうかだけで考えると、大事なものを落としてしまう気がする。
広島城はあまり印象に残っていない。でも今ならもっと見たい
広島城にも行った。
ただ、正直に言うと、当時はあまり印象に残っていない。
「広島城も行った」という感じだった。弾丸旅行の中の1スポットになってしまっていた。
でも今は、もっとゆっくり見ればよかったと思っている。
広島城天守は令和8年3月22日をもって閉城した。広島市公式サイトによると、コンクリートの劣化や設備の老朽化などから、安全面を考慮して閉城したと説明されている。
広島城公式サイトでは、天守は閉城したものの、外観の鑑賞は可能と案内されている。
旅先で「今見られるもの」が、いつまでも同じ形で見られるとは限らない。
当時の私は、広島城をそこまで深く見ていなかった。
でも、今になって「もっと見ておけばよかった」と思う。
これは広島城に限らない。
旅行先の景色も、建物も、街の雰囲気も、いつまでも同じではない。だからこそ、行った場所をただ消費するのではなく、その時の自分なりにちゃんと見ることが大事なのだと思う。
帰りの新幹線で少し気分が悪くなった話
帰り道の記憶も、なぜか残っている。
広島そのものとは関係ないけれど、旅の終わり方として少し後味が悪かった。
岡山駅から、無効切符で新幹線に乗っていた乗客が車掌と揉めていた。最終的にゴネてタダで乗るような形になっていて、さらに気分が悪くなった。
学生の自分でもちゃんと切符を買っているのに、と思った。
今考えると、広島旅行の余韻に浸りながら帰りたかったのだと思う。
もっと時間を取ればよかった。
平和記念資料館にも行けばよかった。
牡蠣も食べたかった。
そんな少し消化不良の気持ちで帰っているところに、切符トラブルを見てしまった。
旅の思い出としては小さな出来事かもしれない。
でも、なぜか記憶に残っている。
まとめ|広島は日帰りでも行ける。でも原爆ドームに向き合うなら宿泊した方がいい
名古屋から広島へは、新幹線を使えば日帰りでも行ける。
実際、令和元年5月の私は、大学院2年の春に名古屋から日帰りで広島へ行った。原爆ドーム、宮島、厳島神社、広島城を回ることもできた。
旅行としては楽しかった。
宮島や厳島神社は賑やかで、観光として楽しめた。路面電車に乗ったことも、広島らしい移動体験として記憶に残っている。
でも、原爆ドームだけは別の感覚だった。
私にとって、原爆ドームは観光地ではなかった。
教科書でも、大学でも、原爆のことは知識として学んでいた。それでも、実際にその場所に立つと、何も考えられなくなるような静けさがあった。
弾丸旅行だったため、平和記念資料館には行けなかった。
今振り返ると、そこは少し申し訳なかったと思っている。
広島は日帰りでも行ける。
でも、原爆ドームや平和記念資料館まできちんと向き合うなら、日帰りで駆け足にする場所ではなかったのかもしれない。
今なら、新幹線利用でも1泊2日にすると思う。
1日目に宮島・厳島神社を回る。
2日目に原爆ドーム、平和記念公園、平和記念資料館へ行く。
そのくらい余白を持った方が、広島という場所に向き合える気がする。
この一人旅の後、私はアメリカ研修を経て、アメリカ人の友人ともう一度広島へ行くことになる。
そのときは、一人で見る広島とはまた違う感覚があった。特に、記念碑の前で友人が言った “Good!” という一言が、今でも記憶に残っている。
その話は、次の記事で改めて書きたい。



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