広島旅行シリーズの4記事目です。
1記事目では、名古屋から日帰りで広島へ行った一人旅について書きました。

2記事目では、アメリカ人の友人と広島へ行ったときの話を書きました。

3記事目では、一人で見る広島と、アメリカ人の友人と見る広島の違いについて整理しました。

今回は、その続きです。
原子力を学んだ日本人として、広島へ行って何を考えたのか。
正直に言うと、きれいに整理できる話ではありません。
私は今でも、原子力そのものが悪いとは思っていません。原子力は悪くない。悪いのは使い方だ。その考えに近いです。
ただ、その一言で広島を語れるほど、原爆ドームの前で感じたものは単純ではありませんでした。
結論:原子力は悪くない。でも広島で簡単には語れなかった
先に結論を書くと、広島へ行ったからといって、私は原子力そのものを悪だとは思いませんでした。
むしろ、今でも原子力は悪くないと思っています。
資源の少ない国にとって、安定したエネルギーをどう確保するかは大きな問題です。その中で、原子力は大きな可能性を持つ技術だと思っています。
当時の私は、少し大げさに言えば「原子力を制する者は世界を制す」くらいに思っていました。
原子力は夢のエネルギーのように見えていました。
でも、原爆ドームの前に立つと、その同じ原子力がまったく違う意味を持ちます。
平和利用として学んでいたものが、悪い使われ方をすれば恐怖でしかない。頭では分かっていたはずなのに、実際にその場所へ行くと、簡単には言葉にできませんでした。
知識があるから答えが出るわけではありませんでした。
むしろ、知識があるからこそ、言葉にするのが難しかったのだと思います。
原子力を学んだ日本人として、広島へ行った
私が最初に広島へ行ったのは、大学院2年の春でした。
令和元年5月、名古屋から新幹線で日帰りする弾丸旅行でした。
今振り返ると、かなり慌ただしい旅でした。原爆ドーム、宮島、厳島神社、広島城を回りましたが、平和記念資料館には行けませんでした。
旅行全体としては楽しかったです。
でも、原爆ドームだけは別の感覚でした。
当時の私は、原子力を専攻していました。だから、広島へ行かない選択肢はないと思っていました。
「原子力を学んだ日本人として、広島には行くべきだ」
そんな気持ちは確かにありました。
ただ、今振り返ると、それは立派な使命感というよりも、若気の至りや勢いに近かった気もします。
もちろん、軽い気持ちだけで行ったわけではありません。
でも、今ほど深く考えたうえで行ったわけでもありませんでした。
原子力を学んでいる。日本人である。だったら広島へ行くべきだ。
当時の私は、そのくらいの勢いで広島へ向かったのだと思います。
当時の私は、原子力を夢のエネルギーだと思っていた
当時の私は、原子力に大きな可能性を感じていました。
エネルギー供給の面で、原子力はとても重要な技術だと思っていました。
日本は資源が豊富な国ではありません。石油や天然ガスを海外に頼る以上、安定したエネルギーをどう確保するかは避けて通れない問題です。
その中で、原子力は大きな選択肢の一つだと思っていました。
原子力は夢のエネルギー。
そう見えていた部分があります。
実際、自分が学んでいたのは原子力の平和利用でした。
発電、医療、研究、産業。正しく使えば、人の生活を支える技術です。
原子力と聞くと、どうしても危険な印象を持つ人もいると思います。もちろん、その感覚を否定するつもりはありません。
ただ、私の中では、原子力は最初から「悪いもの」ではありませんでした。
むしろ、正しく使えば社会を支える技術だと思っていました。
だからこそ、広島へ行ったからといって、原子力そのものを否定する気持ちにはなりませんでした。
でも原爆や核兵器は、どこか過去の話だと思っていた
一方で、原爆や核兵器の恐ろしさも、知識としては知っていました。
教科書でも習いました。
大学でも学びました。
放射線の影響や、原爆による被害についても、知識としては知っていました。
でも、現地に行くまでは、どこかで「過去の話」として捉えていたのかもしれません。
これは今振り返ると、かなり愚かだったかもしれないと思います。
自国で起きてから、まだ70年ほどしか経っていない出来事です。
歴史の教科書に載っているから、遠い昔の話のように見えていたのかもしれません。自分が生まれる前の出来事だから、どこかで距離を取っていたのかもしれません。
でも、広島へ行くと、その距離感が一気に崩れます。
原爆ドームは、ただの歴史用語ではありませんでした。
その場所に、実際に残っているものでした。
知識として知っていたことと、現地で目の前にすることは違いました。
頭では分かっていたはずなのに、現地では何も考えられませんでした。
原爆ドームの前では、原子力専攻の自分も何も考えられなかった
原爆ドームの前に立ったとき、私は何も考えられませんでした。
原子力を学んでいたから、何か特別なことを考えられるわけではありませんでした。
むしろ、原子力を学んでいたからこそ、簡単に語れなかったのだと思います。
知識としては分かっている。
放射線の影響も、被害の大きさも、教科書や大学で学んだ。
でも、その場所は何も言っていませんでした。
原爆ドームが何かを語りかけてくるわけではありません。そこに残っているだけです。
私は、自分が持っている知識の中から、ただ何かを感じるしかありませんでした。
それが、逆に苦しかったのだと思います。
知識があるから答えが出るわけではない。
知識があるから、うまく言葉にできるわけでもない。
むしろ、知識があるからこそ、言葉を選べなくなることがある。
原爆ドームの前で感じたのは、そういう感覚でした。
旅行としては広島へ行ってよかったです。
でも、原爆ドームだけは観光地として見られませんでした。
結局この旅行で一番印象に残ったことは、宮島の賑わいや広島城ではなく、原爆ドームの前で何も考えられなかったことです。
楽しかった記憶とは別の場所に、ずっと残っています。
原子力は悪くない。悪いのは使い方だ
私は今でも、原子力は悪くないと思っています。
悪いのは使い方だ。
この考えに近いです。
ただし、この言葉は便利すぎるとも思います。
「原子力は悪くない。悪いのは使い方だ」
確かにそうです。
技術そのものに意思はありません。
誰が、何のために、どう使うか。
そこに責任が生まれます。
でも、広島へ行った後だと、この言葉を簡単には言えなくなりました。
言っていることは間違っていないと思う。
でも、その一言で終わらせていいほど、広島で感じたものは単純ではありませんでした。
原子力は夢のエネルギーにもなる。
でも、悪い人の手に渡ると恐怖でしかない。
平和利用として学んでいたものが、使い方を間違えれば、人の生活を支えるどころか、人の生活そのものを壊すものになる。
その事実を、原爆ドームの前で改めて突きつけられたような気がしました。
広島へ行っても、原子力への期待は消えなかった
広島へ行った後も、原子力の平和利用への期待は変わりませんでした。
原子力そのものを否定する気持ちにはなりませんでした。
ここは、この記事で誤解されたくないところです。
私は反原子力の記事を書きたいわけではありません。
原子力を礼賛したいわけでもありません。
自分の中にあるのは、もっと中途半端で、簡単に整理できない感覚です。
原子力は悪くない。
平和利用には可能性がある。
でも、使い方を間違えれば恐怖になる。
技術そのものより、扱う人間の責任が重い。
広島へ行って、原子力への期待が消えたわけではありません。
ただ、技術を扱う人間の責任については、以前より重く考えるようになりました。
技術を信じることと、技術の使われ方に鈍感でいることは違います。
原子力を信じているからこそ、使う人間の責任から目をそらしてはいけない。
広島へ行って、そう感じるようになりました。
広島は、簡単に答えを出す場所ではなかった
広島へ行く前の私は、どこかで答えを持っていたのかもしれません。
原子力は悪くない。
悪いのは使い方だ。
平和利用として学んでいる自分は、その違いを分かっている。
そんなふうに思っていたのかもしれません。
でも、原爆ドームの前では、その答えを簡単に出せませんでした。
自分が学んでいた技術の延長線上に、あの場所がある。
そう言い切るのは正確ではない部分もあるかもしれません。
でも、自分の中ではまったく無関係とは思えませんでした。
平和利用として学んでいた原子力。
核兵器として使われた原子力。
その間には大きな違いがあります。
でも、同じ「原子力」という言葉でつながってしまう部分もあります。
そのつながりを、どう受け止めるのか。
私はまだ、うまく答えを出せていません。
だからこそ、この記事もきれいな結論にはできません。
広島で感じたことは、簡単に前向きな言葉へまとめられるものではありませんでした。
これから広島へ行く人に伝えたいこと
これから広島へ行く人には、できれば時間に余裕を持って行ってほしいです。
私のように、名古屋から日帰りで原爆ドーム、宮島、厳島神社、広島城を詰め込むことも不可能ではありません。
でも、今なら同じ回り方はしません。
原爆ドームや平和記念公園は、予定を詰め込んで駆け足で見る場所ではないと思います。
観光地として消費するより、少し立ち止まる場所です。
原子力に詳しくなくてもいい。
歴史に詳しくなくてもいい。
むしろ、分かったつもりで行かない方がいいのかもしれません。
現地に立って、何も考えられなくなるなら、それも一つの受け止め方だと思います。
知識がある人でも、言葉にできないことがあります。
何か立派な感想を持ち帰ろうとしなくてもいいと思います。
ただ、見て、立ち止まって、簡単に答えを出さずに持ち帰る。
私にとっての広島は、そういう場所でした。
まとめ|原子力を信じていたからこそ、広島で簡単に語れなかった
広島へ行ったからといって、私は原子力そのものを悪だとは思いませんでした。
むしろ、今でも原子力は悪くないと思っています。
原子力は、正しく使えば人の生活を支える技術です。
資源の少ない国にとって、安定したエネルギーをどう確保するかは大きな問題です。その中で、原子力には大きな可能性があると思っています。
でも、原爆ドームの前に立つと、その同じ原子力がまったく違う意味を持ちます。
平和利用として学んでいたものが、悪い使われ方をすれば恐怖でしかない。
その事実を、頭では分かっていたはずでした。
それでも、実際に原爆ドームの前に立つと、何も考えられませんでした。
原子力は悪くない。
悪いのは使い方だ。
今でも、その考えに近いです。
ただ、その一言だけで終わらせられるほど、広島で感じたものは単純ではありませんでした。
原子力は、夢のエネルギーにもなる。
でも、使い方を間違えれば、恐怖でしかない。
だからこそ、原子力を学んだ自分ほど、広島で簡単に言葉にできなかったのだと思います。
原子力を信じていたからこそ、広島で簡単に語れなかった。
そして、簡単に語れないからこそ、これからも考え続ける必要があるのだと思います。
次の記事では、広島旅行を実用面から整理します。
原爆ドーム、平和記念公園、宮島、厳島神社、広島城。
名古屋から日帰りで行った一人旅と、アメリカ人の友人と行った旅行を踏まえて、「広島旅行で行ってよかった場所」と「今ならどう回るか」をまとめます。



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