飯田線を全線乗車したとき、自分は「やっぱり遅い」と思いました。
豊橋から長野県側まで乗り通せば、ほぼ一日がかりです。秘境駅も多く、効率だけを考えれば、便利な鉄道とは言いにくいと思っていました。
しかし、北海道で鉄道に乗った後、飯田線の見え方が変わりました。
稚内駅をはじめ、北海道には立派な駅舎があります。駅員がいる駅もあり、大きな街の玄関口に見えました。
ところが、大きな駅へ来たからといって、しばらく待てば次の列車が来るとは限りません。
北海道の駅で列車を待っているうちに、以前は遅いローカル線だと思っていた飯田線が、都会の鉄道に見えてきました。
飯田線が速くなったわけではありません。
変わったのは、自分のローカル線を見る基準でした。
飯田線を「遅いローカル線」だと思っていた
2025年5月末、飯田線を全線乗車しました。
実際に乗ってみた感想は、やはり遅いです。
山間部では線路が地形に沿って続き、駅の数も多いため、なかなか先へ進みません。全線を乗り通せば、一日がかりになります。
ただし、乗って後悔した路線ではありませんでした。
5月末の新緑と深緑がきれいで、特に秘境駅が続く区間の車窓が印象に残っています。
地図を見ながら車窓を眺めると、自然の地形に合わせて住宅や集落が造られていることが分かりました。
なぜここに家があるのか。
昔はどのように暮らしていたのか。
鉄道ができたことで、地域がどう発展したのか。
速く移動する路線ではありませんが、遅いからこそ考えられることもありました。
飯田線の遅さについては、東海道線と中央線を使うルートとの2画面比較動画を紹介した記事で詳しく書いています。映像で見ると、本当に笑ってしまうほど差が開きます。
飯田線はやっぱり遅い。でも比較動画を見ると魅力まで分かる

北海道では、立派な駅舎と列車本数の差に驚いた
北海道旅行では、稚内駅、南稚内駅、旭川駅などを利用しました。以前の函館旅行では函館駅も利用しています。
北海道の駅で驚いたのは、駅舎の立派さと、列車を利用できる感覚が一致しないことでした。
大きくて立派な駅へ到着すると、無意識に「しばらく待てば次の列車が来る」と考えてしまいます。
愛知県の鉄道を基準にしていたからかもしれません。
しかし、北海道では、その感覚が通用しない場面がありました。
駅舎は立派です。
駅前にも建物があり、街の玄関口に見えます。
それでも、自分が次に乗りたい列車まで時間が空くことがありました。
もちろん、これは北海道全体の列車が少ないという話ではありません。自分が利用した駅、区間、時間帯で感じたことです。
それでも、駅舎の印象だけで列車の利便性まで想像していた自分には、かなり違和感がありました。
稚内駅は立派でも、鉄道設備はシンプルだった
稚内駅は、日本最北端の玄関口として立派な駅でした。
宗谷本線を長時間乗り通した後に、新しい駅舎と「日本最北端の駅」の表示を見ると、最果てまで来た達成感があります。
一方で、鉄道設備は驚くほどシンプルに見えました。
駅舎が新しく、地域を代表する駅だからといって、ホームや線路も大規模とは限りません。
稚内駅と南稚内駅を見比べたときには、むしろ一つ手前の南稚内駅の方が、鉄道の中心らしく見えました。
この二つの駅の違いは、前の記事で詳しく扱っています。
日本最北端の駅より南稚内駅の方が鉄道の中心に見えた
※A0132の公開URLを確認後、ここへ挿入
北海道では、駅が広い地域の拠点に見えた
北海道の駅を見ていると、駅の役割は列車へ乗ることだけではないように見えました。
バスへ乗り継ぐ場所。
観光へ向かう旅行者が待つ場所。
広い地域へ人を送り出す玄関口。
駅舎の規模は、列車本数だけで決まるものではないのかもしれません。
少なくとも、現地を歩いた自分には、北海道の駅が広い地域の拠点に見えました。
稚内駅も、鉄道だけを見ればシンプルです。しかし、街の玄関口として見れば、旅行者を迎える大切な場所でした。
だからこそ、駅舎の立派さとホームの規模だけを比べて、便利か不便かを決めるのも違うと思います。
飯田線は豊橋から辰野まで同じ顔ではなかった
北海道から帰った後、飯田線について考え直しました。
飯田線と聞くと、秘境駅や山間部の景色ばかりを思い浮かべていました。
しかし、すべての区間が秘境ではありません。
豊橋寄りでは住宅地や市街地を走り、通勤や通学で使われているように見える区間もあります。
自分が全線乗車したときも、思っていたより利用者が多く、窓際の席を取れない場面がありました。
車窓を楽しみにしていたので、正直少し残念でした。
しかし、それは飯田線が乗り鉄だけのために存在する路線ではない証拠でもあります。
自分にとっては、一度は全線走破してみたい路線でした。
沿線で暮らす人にとっては、普段の移動に使う電車です。
同じ飯田線でも、見る人や乗る区間によって姿が違っていました。
天竜峡周辺で見た子ども連れの家族
天竜峡周辺では、子ども連れの家族が飯田線を利用していました。
どこまで行くのか、何を目的に乗っていたのかは分かりません。
ただ、自分には、都会で家族が電車へ乗るときと同じような日常の姿に見えました。
飯田線は秘境駅を巡る観光路線であり、乗り鉄が全線走破を目指す路線だと思っていました。
しかし、地域の人にとっては、秘境路線でも観光路線でもありません。
普段の生活で利用する鉄道です。
車内では高校生の姿も見ました。
秘境駅のイメージだけでは、飯田線全体を説明できません。
自分は全線走破という自己満足のために乗っていましたが、その横では、地域の人の日常が続いていました。
北海道旅行後、飯田線が都会に見えた理由
北海道へ行った後、飯田線が急に速くなったわけではありません。
駅の数も所要時間も変わっていません。
変わったのは、自分が何をもって「ローカル線」と呼ぶかという基準でした。
これまでは、遅い、駅が多い、秘境駅があるという理由で、飯田線を不便なローカル線だと思っていました。
しかし、北海道で次の列車まで待つ時間を体験すると、飯田線にも意外と乗れる機会があり、地域の生活に近い区間があることに気づきました。
北海道の駅で列車を待った後では、飯田線が都会の鉄道に見えました。
高層ビルが見えるからではありません。
住宅地が続き、通学する高校生や家族連れが乗り、鉄道と日常生活が思っていた以上に近く見えたからです。
秘境路線と生活路線は両立する
飯田線は、秘境路線だから生活路線ではないわけではありません。
乗り鉄にとっては、秘境駅と車窓を楽しむ路線です。
沿線で暮らす人にとっては、日常を支える交通手段です。
二つの姿は同時に存在していました。
自分は飯田線の遅さばかりを見ていました。
しかし、北海道の鉄道に乗ったことで、飯田線がどのように地域とつながっているのかを考えるようになりました。
便利か不便か。
観光路線か生活路線か。
そのように一つへ決めなくてもよかったのだと思います。
ローカル線を効率だけで評価しなくなった
以前は、鉄道を所要時間や速さで考えることが多かったと思います。
飯田線は遅い。
宗谷本線も移動に長い時間がかかる。
その事実は変わりません。
ただ、効率が悪いから価値がないわけでもありません。
飯田線では、地形に沿って続く住宅や集落を見ることができました。
宗谷本線では、北海道の広さと人口の少なさを車窓から感じました。
速い列車なら、もっと短い時間で移動できるのかもしれません。
しかし、自分が現在楽しんでいるのは、目的地へ早く着くだけの旅ではありません。
飛行機で現地まで飛び、そこから鉄道に乗り、また飛行機で帰る。
自分の「飛んで、鉄道に乗って、飛ぶ」旅では、鉄道に乗っている時間も目的の一部です。
速いことだけが、よい鉄道の条件ではないと思うようになりました。
遠くへ行ったことで、地元に近い鉄道を見直せた
北海道へ行かなければ、飯田線の見え方は変わらなかったと思います。
北海道の鉄道を知るために旅へ出ました。
しかし、帰ってきたときには、飯田線の見え方まで変わっていました。
遠くへ行くことは、遠くの土地を知るだけではありません。
自分の近くにあるものを見直すきっかけにもなります。
飯田線を全線乗車した直後は、「遅いけれど車窓がよかった路線」でした。
今はそこに、「秘境区間を持ちながら、地域の日常も支えている路線」という見方が加わりました。
遠くの鉄道を体験したことで、以前乗った路線の価値まで少し増えたように感じます。
まとめ|飯田線が変わったのではなく、自分の基準が変わった
飯田線は、今でも遅いと思います。
全線を乗り通せば長い時間がかかり、山間部には秘境駅もあります。
効率だけで考えれば、便利な路線とは言い切れません。
それでも、北海道の鉄道を体験した後では、飯田線の見え方が変わりました。
北海道では、立派な駅舎があっても、次の列車まで長く待つ場面がありました。
一方、飯田線には、住宅地を走る区間があります。
天竜峡周辺では子ども連れの家族を見かけ、車内では高校生も利用していました。
自分にとっては、秘境駅を巡り、車窓を楽しむ鉄道です。
沿線で暮らす人にとっては、日常を支える生活路線でもあります。
飯田線が都会の鉄道に変わったわけではありません。
北海道を旅したことで、自分のローカル線を見る基準が変わりました。
遅くても、秘境駅が多くても、地域の生活とつながっている。
北海道から帰った後、飯田線は以前より少し頼もしい路線に見えるようになりました。



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